第39話:襲撃 -1-
食事も酒も最高のものが供された。それをたっぷり飲み食いした後は、これもまた贅を尽くした客室へ案内される。
「これは、あれだね。このパーティに入ってから一番幸せな夜だね」
ロハスが満足そうに言うのも当然である。晩餐の質と量についてはオウルも完全に同意だった。
「何だか悪いことをしたねえ。バ……留守番の人にさ」
「自業自得だ、気にしなくていい」
大神殿に堂々と入れないような生き方をしている方が悪いのである。
「そうですな。神は常に人々を見ており、悪には必ずその報いが与えられるのです。善くあろうと努めるものにはこのように報酬が」
アベルが偉そうに言うが、こいつがなぜ堂々と大神殿に出入りできるのか。それだけで神の実在を疑いたくなるオウルだった。
「あれ、アベルはどうしてここにいるの」
ロハスが首をかしげる。そういえばそうだとオウルも思った。
「お前、ここの神官なんだから自分の部屋があるんじゃないのか?」
アベルは寂しげな笑いを浮かべて見せた。
「戻って来られるかどうかも分からぬ長い使命の旅に出た男には、帰る部屋などないのですよ」
ああ、やっぱり追い出されたんだ、部屋も片付けられたんだとみんな思った。
「それに」
寝台のひとつに適当に腰を下ろして、アベルは晴れ晴れと言う。
「客室の方が寝心地が良いに決まっているではないですか。枕はふかふか、毛布もふわふわ。神官のための宿坊とは比べ物になりませんぞ。惜しむらくは個室ではなく全員同室なところですが。個室もいっぱい空いているのに、ソラベル様はどうして大部屋になさったのでしょうなあ。こういうところでケチると一等神官としての度量が疑われると思うのですが」
それは個室に泊めるほどの客ではないと思われたからだろうとオウルは思った。
そして使いもしない客室が普段から余っているらしい大神殿の財力に、改めて舌を巻いた。
一番窓側の寝台からはティンラッドの高いびきが聞こえてくる。好きなだけ飲み食いして、さっさと眠ってしまった。よほど退屈だったらしい。
「僕ももう寝るよ」
扉に近い寝台に倒れこんだハールーンが、もぞもぞと毛布にもぐりこむ。
「いっぱい食べたからもう……さっきから眠くて……」
「お前は飲むなよ、弱いんだから」
オウルが苦言を呈した。宴会場でウトウトし出してしまったハールーンを背負ってここまで引きずって来たのは彼なのである。
「僕は別にお酒に弱いんじゃないよ……飲むお酒だっていいものを厳選してるし……育ちが良くて心も体も繊細だから、ちょっと疲れやすいだけで……」
言いながら眠ってしまった様子である。育ちが良くて心が繊細な人は自分でそんなことを言わないのではないか。何度目だか分からないが、オウルは今回もそう思った。
「私も眠りますかな。客室の寝心地を堪能しませんと」
アベルも横になる。
「俺も眠るか。船長が明日は朝早く出立するって言っていたしな」
とオウルが言うと、
「大神殿の朝食を口にせずして出立してはなりませんぞ」
アベルがきっぱりと言う。
「世に『大神殿式』と名付けられる朝食は実に滋味豊かですからな」
「お弁当も作ってもらえないかなあ」
ロハスが言い出した。
「ほら、オレたち魔王を倒すパーティなんだしさあ。世のため人のためになることをしているってことで」
相変わらず人から何かをせしめることになると盛り上がるパーティである。何かが致命的に間違っている、心からそう思う。
「とにかく俺は寝る。お前らは勝手にくだらない話をしてろ。ただし騒がしくするな」
相手をするのも馬鹿らしくなってオウルは毛布をかぶる。
「私も眠ると言ったではありませんか。ロハス殿、灯りを消していただけませんか」
「ダメ。これからオレは収支計算をしなきゃいけないから。時間は短かったけど、門前町でいくらか取り引きができたからね。お布施に払った額もきちんと帳面につけておかないと、後で分からなくなるから」
そう言ってロハスは算盤を出して小銭を数えだす。
「何しろ、ここは宿賃も払わなくていいのに燭台が使い放題だからね。めいっぱい使わないと罰が当たるよ」
勝手にしろ、とオウルは思った。その発想の方がよっぽど罰当たりだが、ツッコむのも馬鹿馬鹿しい。さっさと眠るのが吉だ。
アベルの言うとおり、寝台も枕もやわらかく毛布の手触りも良かった。こんな場所で眠る機会は、もう一生ないかもしれない。そう思いながらオウルは目を閉じた。