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第38話:宴の夜 -7-

「それでも急に出立したってことは、ここで何かをつかんだってことか」

 気が付けば呟いていた。ソラベルが言うとおり、そんな旅立ちの仕方は普通ではない。旧知に意見を求めに来たのなら余計におかしい。普通は挨拶くらいするだろう。

 そんなことをしなければならないほどの重大な情報を、誰かから手に入れたということなのだろうか。


「おい、あんた。ソラベル様」

 オウルは頭巾の下から一等神官の目を見る。

「ダルガンが出立前、最後に話した相手は誰なんだ? 出来ればその人と話をさせてもらいたい」

「最後にですか。何分、昔のことですのでちょっと。私もその頃はまだ二等神官でありましたし」

「思い出せないなら、覚えていそうな人を紹介してくれればいいんだ」


「そう言われましても。そうですなあ、あの頃は……」

 ソラベルは額の汗を拭きながら天井を向いた。記憶をたどっているのだろうか。

「あ、そうでしたそうでした。思い出しましたぞ」

 思いついたように手を叩く。

「ダルガン殿と最後にお話をなさったのはロイゼロ一等神官です。間違いありません」


「ロイゼロ……?」

 オウルは眉をひそめた。また聞き覚えのある名前だ。

「懐かしいですな、ロイゼロ様。本当に良い方でいらっしゃいました」

 アベルがしみじみと言う。

「それがまさか、あんな事件で命を落とされてしまうとは。あの時は大騒ぎでしたなあ」

 ため息をついた。それでオウルも思い出した。


 ロイゼロというのはサルバール師の旧友だ。師と共にオウルが何度もここに訪ねて来た、その相手こそがロイゼロ神官だ。

「……亡くなったんだったな」

「ええ。無惨な事件でした。大神殿の一等神官を襲うなど、その者に神の呪いあれ」

 ソラベルは呪いの印を切る。


「生きていて下されば、皆様に何かをお話してくださったでしょうに。残念なことですな」

「そうでしょうか」

 師の言葉に、アベルが首をかしげる。

「ロイゼロ様は何というか、半分以上天界の方でいらしたというか、私は大人になってからもよく飴をいただきましたし」


「アベル、口を慎め」

 ソラベルは顔をしかめて弟子を叱りつけた。

「亡くなった方に対してそのようなことを申す者があるか。それはロイゼロ様は死の寸前は少々ふわふわなさっていたというか、そういうところもあったが、神に選ばれた一等神官であるぞ。祈りの姿勢の美しさ、教本を詠唱する朗々とした声は誰よりも素晴らしいものであった」


 そういうほめ方をするのは大神殿の伝統なのか。よく分からないが、それでは情報源になりそうもない。

 そういえばアベルが前にも、子供のころ掃除をサボっていたら飴をもらったなどと言っていた。だとすればずいぶん前からその状態だったことになる。

「ダルガンと最後に話したっていうのも、たまたまなんじゃねえのか? ロイゼロ様とやらより前に話したやつは誰なんだよ」


「さあ。分かりませぬ」

 ソラベルは無情に首を横に振った。

「ダルガンと一番長く話していたのも親しかったのもロイゼロ様でした。そうそう、最後に訪れた時もダルガンはほとんどロイゼロ様とだけ話し続けておりました。間違いございません」


「そうでしたでしょうか」

 アベルがまた口を挟んだ。さっきよりも怪訝そうな顔をしている。

「ロイゼロ様とそんなに長く話し込むお客様がいらっしゃいましたか。知己が多く皆から好かれていたお方で、訪ねてくるご友人も多かったですが、お話しできるのはせいぜい一時間というところだったのでは。それ以上は昔話も続きませんし、お手玉遊びでもするほかなくなりますぞ」


「お前、詳しいな」

 思わずオウルはアベルの顔を見てしまう。アベルは胸を張った。

「それはもう。私はロイゼロ様のお気に入りでしたからな。『ロイゼロ様から飴をいただいた選手権』があれば断然一位間違いなしでした。ソラベル様に付かせていただいたのも、ロイゼロ様の強い推薦があったからとうかがっております」


「そんな選手権を開催する奴はいねえよ。そしてそんなに気に入られてたんなら、何で別の神官付きになるんだよ」

 意味が分からな過ぎて、つい連続でツッコんでしまった。


「自分はもう老い先短いから、若く未来のあるソラベル様の元で学ぶのが良いだろうとお話なさっていたそうです」

 アベルは懐かしそうに言う。

「本当に良いお方でした。私はロイゼロ様とお手玉遊びをするのも好きだったのですが」

 一方、ソラベルはそれを聞きながら渋い顔をしていた。古株の神官の頼みごとを断れなかったのだろうが、本当は嫌だったのに違いない。


 しかし、とオウルは思う。サルバールと共にロイゼロを訪ねた時の、大神殿での滞在時間は確かにアベルの言うくらいだった。

 今まで高位の神官との面会時間などそのくらいと決まっているのだろうと思い込んでいたが、どうやらロイゼロならではの特殊事情だったようである。


 そういえば師が、

『かつては研ぎ澄まされた刃のようだった人が老いて行くというのは寂しいものだな。それこそが神の祝福なのかもしれないが』

 と呟いていたこともあったような、なかったような。


「じゃあダルガンを看取った人っていうのは誰なんだ。その人なら何か聞いているんじゃないか」

 追及すると、

「それもロイゼロ様ですな」

 と言われる。

「傷だらけで戻って来た彼を見付けて手厚く介抱なさったのですが、力及ばずダルガンは天に召されたという話です」


 またロイゼロか。オウルはうんざりした。

 全ての鍵を握っていそうなのに、当人は墓の下と来ている。これでは何の手掛かりにもならない。

「じゃあ、他に誰か話を聞いていた人はいないのかよ」

 とにかく何かつかんで帰らないとバルガスに嘲われる。それは避けたい。

「ロイゼロ神官と親しかった人とか、そういうのがいるだろう」


「さて……」

 ソラベルは考え込むように腕を組んだ。

「アベルが申しました通り、晩年のロイゼロ様は人の世界より神の世界を見る方となっておられましたからなあ。あえて申せば、近くに仕えておりました弟子たちですかな」

 事情を知っていそうな人がいるじゃないか。オウルは勢い込んだ。

「だったらその弟子に話を聞かせてくれ」

 

 それを聞いて、ソラベルは哂った。

「ここにはおりませぬ。ロイゼロ様の生前の意向で、亡くなられた後は各地の神殿へ遣わされました。ああ、良ければ今いる場所を明日までに調べさせておきましょう」


 そして一等神官は自分の弟子たちを呼び、もっと酒と料理を持ってくるように言った。


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