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第38話:宴の夜 -6-

 波乱含みに始まりつつも、上質の酒と食事の力でギリギリ和やかに宴席は進んでいく。

「何と、オアシスの町が丸ごと一つ滅びるとは」

「ええ、あっという間でした。押し寄せる魔物の波の前に、神官様の唱える神言も何の力もなく……」

 哀しげな顔で言うハールーンに、

「気の毒な事でした。お悔やみを申し上げます」

 ソラベルは丁寧に哀悼の意を表すが、『あれはイヤミだろ』とオウルは思った。『あんたたちのお祈りなんか何の役にも立たなかったんだよ、バーカ』という意味であるに違いない。


「さあ、せめて今日はたっぷりと食事をなさってください」

「ありがとうございます。素晴らしい肉ですね。僕が育った町でしたら宝石と交換したことでしょう」

 悲しみに沈んだ演技をしているが、肉にかぶりついているので台無しである。演技するならとことんやれとオウルは思った。


 社交でも何でもない。絡んでいるだけなのだ。ハールーンの酒癖はあまり良くない。弱くてすぐに眠ってしまうことが幸いだが。

「一等神官様よ」

 取り返しのつかないようことを言い出す前に、オウルは会話に割って入ることにした。聞きたいことや言いたいことは、彼にもまだまだあるのだ。


「旅の途中で耳にしたんだが」

 ここは、下手に話すとバルガスに関わって来てしまうので慎重にいく。

「魔王と戦って命を落とした勇士がいる、そいつは大神殿の神官に看取られたってな。そんな話は聞いたことがなかった。本当のことなのか? 魔王っていうのは実在するのか。だとしたら、どうしてそんな話が世の中に知られていないんだ」


 ソラベルは落ち着かない様子になった。

「その、そんな話を一体どこから」

「出どころはタラバラン師の元弟子だと聞いた」

 オウルはそれだけ言って、後は答えなかった。嘘は言っていない。分かりにくい表現を使っただけである。『情報の出どころはタラバラン師の元弟子』で間違いないが、マージョリーはともかくバルガスについては『元弟子だと聞いただけ』なので確報ではない。そのあたりを意図的に曖昧に言った。それだけのことだ。


「タラバラン師のご高名はもちろん聞いたことがありますが……」

 ますます挙動不審になる。バルガスの話にはやはり根拠があるらしい。

「知っていることがあるなら教えて欲しい」

 オウルが言葉を重ねると、

「魔王? やっぱり何か知っているのか」

 酒を飲んでいたティンラッドが身を乗り出して参加して来た。


「私は魔王と戦いたいんだ。知っていることがあるなら何でもいい。早く言いなさい」

 口調がどんどんせっつくようになって来る。初対面でティンラッドに締め上げられたソラベルは震えあがった。

「わ、分かりました。話します、話します。勇士ダルガンのことですな。彼はいくつもの武勲を立てた高名な戦士でした。十分な栄誉と財産を得てひとたびは故郷に帰ったという話でしたが、世界に魔物が現れ広がっていく様子を見ていられなかったのでしょう。再びこの西方に戻って来てくれたのです」

 早口にしゃべりだす。


 勇士ダルガン。やはりソラベルは知っている様子だ。

 そしてバルガスとマージョリーの話の裏も、これで取ることが出来る。オウルは緊張して耳をそばだてた。


「それはどうでもいい」

 しかしティンラッドが乱暴に言った。

「魔王のことを聞きたいんだ、私は」

 せっかちなのである。

「ちょっと待てよ、船長。もう少し話を聞いてみようや」

 仕方なくオウルはたしなめる。

 バルガスが聞けと言ったのだ。無意味なことであるはずがない。


「彼は魔術師の都の導師たちや、大神殿の賢者たちの意見を聞いて回り、世界に起きた異常の謎を解き明かそうとしていました。そしてある日、ひとり旅立ったのです」

「ひとりで? 仲間はいなかったのか」

「分かりませぬ。誰もダルガンが旅立ったところを見ていないのです。ですが大神殿に来た時はひとりだったと聞きます。ですから」

 旅立った時もひとりだったということだろうか。


「すると、最後にそいつが訪れたのは大神殿だったのか」

 オウルが首をかしげると、

「い、いや。誤解されては困ります」

 ソラベルがあわてて言う。


「旅立たれたのが急なことで、我々大神殿の神官が誰も姿を見なかったというだけの話です。そんな風に出て行かれたからには目的があったのでしょうし、立ち寄った場所もあったことでしょう。ただそれを我らが知らぬだけのこと」

「ああ、そうか。言い方が悪かったな」

 魔術師たるもの、言葉は正確に使わなくてはならない。オウルは頭の中で情報を整理し直す。


 魔物が世界に現れた謎を探ろうと、ダルガンは魔術師の都や大神殿に意見を求めていた。タラバラン師の友人だったというくらいだから、実際高名な人物だったのだろうし他にも知り合いはいたのだろう。


 それならば彼らに意見を求めやすかっただろうし、ふさわしい人物にふさわしい問いを投げることも出来たはずだ。魔術師の都の魔術師たちにはそれぞれの専門について、大神殿の神官はどういう区分けになっているのか知らないが……職掌上、多くの情報を持っているだろう人々であることは想像に難くない。


 しかし結局、その答えは同じだったはずだ。

 つまり『情報が少なすぎる。まだ研究の途中だ。今の時点で言えることは何もない』、それだけだ。

 何しろ、魔物が現れて十年経った今でもそうなのだ。変わったことと言えば観相鏡が普及したことや、ステイタスやレベルについての理解が進んだことくらいだろうか。

 各々の塔で研究はされているのだろうが、それが積極的に公開されることもない。つまり開示するに足るだけの成果は出ていないということだ。


 今でさえそうであれば、当時の誰がダルガンの疑問に答えを返すことが出来ただろう。そうでなくても魔術師は不確かなことを口にしたがらない人種なのだ。


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