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第38話:宴の夜 -4-

「立派な部屋だねえ」

 門前町から連れて来られたハールーンは、美しい布が張られた椅子に座って満足そうに部屋を見回した。

「これなら僕も文句のつけようがないな。素晴らしいよ」

 気に入った場所を見つけた猫のように椅子の中で丸くなる。


 オウルが迷っているうちに、ソラベルがさっさと手を打ってしまった。あっという間にロハスとハールーンが門前町から連れて来られて合流する。その頃になって目を覚ましたティンラッドが『早く帰りたい』とごね始めたが、商人たちとアベルが『タダで口に出来る最高級の食事と料理』を武器に三人がかりでねじ伏せた。予想通りと言えば予想通りの成り行きである。


「こんな部屋が他に六つもあるの? 『大』神殿っていうだけのことはあるよね」

 ゴロゴロ喉を鳴らし始めないのが不思議なくらいの表情をしている。よほどソラベルの迎賓室が気に入ったらしい。


 アベルの説明によると大神殿の内殿は七つの区画に分かれており、七名の一等神官がそれぞれを管理しているそうである。

 各区画に一等神官の執務室と迎賓室、弟子である下級神官たちの宿房や食堂、学習室などが整えられており、祈り以外の全ての生活はほぼその中で完結するらしい。

 一般人であるオウルたちが思い浮かべるいわゆる神へのお勤めというやつは、主に『外殿』と呼ばれる表側の部分で行われるそうだ。


「もちろん外殿での仕事が神官の本分であり、内殿はそれを支えるための舞台裏でしかありませぬが。とはいえ内殿での務めもまた大切なものです。ほら、よく言うではありませぬか」

 夕食までのつなぎとして供された形の良い果物を遠慮なくつかんでかじりながら、アベルは言う。

「腹が減っては祈りは出来ないとか、そういうことわざが」


 間違いを指摘する気にもなれなかった。

 腹ぺこでは戦えない。それにはオウルも同意する。戦うためには気力も体力も必要なのだ。

 しかし神を讃える神官が『満腹にならないと祈る気になれない、神様より目先の食べ物』と言うのはどうなのか。

 やはり何かが間違っている。いや何もかもが間違っているとしか言いようがない。


「あー、僕はそういうのどうでもいい」

 アベルがアベルならハールーンもハールーン。こっちはこっちで、大神殿の中に招き入れられておきながら大きな声で『祈りとかどうでもいい』と発言した。

「そんなことより、やっぱりお金がふんだんに使わている場所って心地いいよね。アレだね、さすが世界中からお布施をぼったくってるだけのことはあるよね」


「黙れバカ。お前は礼節をわきまえろ」

 オウルは顔をしかめた。これからもてなしを受けようとする客の態度ではない。

 だがハールーンは動じず、けだるそうに顔にかかる金色の髪をかき上げる。


「バカはそっちだよ。神殿とか太守なんてものはね、下の者からどれだけ効率よく富を集められるか、それでいてどれだけ支持を集め続けることが出来るかが勝負なんだよ。その点、大神殿はすごいよねって僕は素直に感心してるんだ」

「黙ってろ搾取階級出身者」

 オウルはイライラした。


 この部屋が立派なことはオウルにも分かる。ソエルの王城は、ここに比べればだだっ広いだけだった。ハールーンの叔父であるダントンの太守の館であれば(そしてカビと埃だらけでなかったならばハールーン自身の館も)同じくらい立派だったかもしれない。


 だが内殿にはあと六つ、同じくらい豪華であろう接客室があるのだ。そして外殿にも来客のための設備はある。単純に計算すれば、オアシス都市の太守の七倍の財力を持つことになる。

 世界中の信者の頂点に立ち、神を奉じる大神殿。師と共にこの場所を訪れていた頃のオウルは深く考えたことはなかったが、その力は恐るべきものなのかもしれない。


「ねえ。ねえねえねえ」

 勝手に引き出しを開けて中味を物色していたロハスが、声をひそめて言った。

「ここに入ってる予備のろうそく、ありえないくらいの高級品なんだけど。一本だけ記念にもらって帰っちゃダメかなあ?」

 家具や装飾品より、身近な消耗品の価値の方が分かりやすいらしい。いかにもロハスらしかった。


 そして、

「良いのではないですか。一本くらい分からないでしょう」

「どうせ倉庫に余ってるんでしょ。箱ごと持って行こうよ」

 道徳心の欠けた連中が軽率に同意する。


「お前らな」

 オウルは苦々しい思いでたしなめた。

「俺たちはこそ泥じゃねえんだよ。招かれた客なんだよ。そういうことを考えるな。特に三等神官、せめてお前は止めろよ」


「信者の方が参拝の記念品を持ち帰りたがるのは普通のことでしょう」

「こっそり持ち帰ったら泥棒だろうがよ。せめて許可を取れ」

「だったらさ」

 ハールーンが悪い顔で微笑む。

「アベルがいいって言ったんだから、それでいいってことになるよね。アベルはここの人なんでしょう」


「もちろんです。私はこの大神殿で育ち、ソラベル様のお傍付きとなって掃除係を十年務めた生粋の神殿神官ですから」

「ほら、許可が出たよ。ロハス、箱ごともらっちゃおう。引き出しにあるのは一箱だけ? 他にもあるなら全部持って帰ろう」

「やめろって言ってるだろうが!」

 オウルは怒鳴らなくてはならなかった。


 ちょうどその時、退屈そうに目をつぶっていたティンラッドが片眼を開け、

「うまそうな匂いがする」

 と呟いた。


「失礼いたします」

 部屋の外から声がかけられ、エリオスと若い神官たちが料理や飲み物をたっぷり持って入って来る。

 大皿に載せられた肉、たっぷりの煮物、色とりどりの酒。間違いなく、ソエルの王城や砂漠の太守の館より豪勢な食事だ。


「皆さま、ご苦労ですな」

 偉そうに言うアベルをエリオスは睨む。

「お前も働け。サボるな」

「私はソラベル様から直にいただいた重要な使命から戻ったばかりなのです。まずは疲れを取らねば」

 注意を受けてもアベルは気にしない。


「それに、ソラベル様の客人をもてなすという役目がありますからな。これは共に旅をしてきた私にしか出来ぬことです」

「お前にもてなされた覚えはねえよ」

 思わずオウルはまたツッコんでしまった。不毛であると分かっているのにどうして自分はツッコんでしまうのだろう。反省した。



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