第38話:宴の夜 -3-
だが、
「すまんが神官さま」
ここで畳みかけなければ、要望を伝えることは出来ない。
「このクサレ妖怪にはさんざん迷惑をかけられたんだ。こんなやつと旅をするのは、もうこりごりなんだよ。こいつは返品するから、他の奴を紹介してくれ。別に大神殿の神官じゃなくてもいい、何だったら見習いでも別にいい。とにかく妖怪じゃないやつを。普通の人間を」
主にハールーンの商談のやり方を参考にして、ぐいぐいねじこむ。
「返品とはなんですか。私はものではありませんぞ」
アベルが憤慨した。
「それが一緒に辛い旅をした仲間のおっしゃることですか。冷たいですぞ、オウル殿」
「お前が言うか」
それならオウルの方にも言いたいことは山ほどある。
「いっつもいっつも俺たちを置いてひとりで逃げ出しやがるくせに、よく言えたもんだな。お前みたいなやつに背中は任せられねえんだよ。あと、あのルーレットをどうにかしろ」
言い合いになった。
「口をお慎みなさい。あれは私だけに授けられた神の恩寵ですぞ」
「どこが恩寵だよ、呪いの間違いだろうが。とにかくそういうことを言うならちょっとくらい役に立ってみやがれ」
「何をおっしゃいます。私の活躍なくして、数々の危機を乗り越えることは不可能でしたぞ」
アベルは得意げに胸を張る。
「特にバルガス殿の時の成功は、この私の力があってこそだと」
余計なことを言いやがったのは誰だ、とオウルは思う。バルガス本人ではないだろう。ロハスか、ティンラッドか。あの時、アベルは朦朧としていたのだから黙っていれば良いものを。
だが落ち着け。彼は自分にそう言い聞かせる。ロハスは計算高く、ティンラッドは飽きっぽい。うっかり口をすべらせたとしても、全てを話したとは限らない。
ここで怒りにまかせて言い返したら、それこそ余計な情報を与えてしまうことになる。言葉を口にするのは、冷静に熟考してからだ。オウルがそう思って深呼吸した時、
「バルガス……?」
怪訝そうな声がした。
「それはアルガ師の塔に所属する魔術師のバルガス殿のことでは? いや、だが確かあの方は……」
ヤバい。ソラベルの存在を忘れていた。オウルは焦った。
都で最大の勢力を誇るアルガ師の塔。そこの古参弟子だったバルガスを、見知っている神官がいてもおかしくはないのだ。
今さらだが、だからこそバルガスも神殿の外に残ることを選んだに違いない。
ソラベルがどの程度、彼のことを知っているかは分からない。だが、この話を続けて良いことはない。
「とにかく!」
オウルは声を大きくした。
「こいつは大神殿の奥にきちんとしまっておいてくれよ。妖怪を野放しにするなんて、神様の代理人としてあるまじきことだろう。こんなのにお日様の下をウロウロされると、俺たち善良な一般人が迷惑するんだ」
最初の意図と違うが、話をそらすために全力で主張する。むろん嘘ではない。これ以上の本音はないと言っていい。
ソラベルは無表情になってオウルとアベル、舟をこいでいるティンラッドを見た。
「……アベルがご迷惑をおかけしたようですな」
「分かってると思うが、大変なんてもんじゃなかったんだよ」
そこだけはしっかりと主張しておく。
一等神官はしばらく沈黙した。それから非常に丁寧に頭を下げたので、オウルの方が狼狽した。
「大変申し訳ないことをしました。弟子の不行跡は私の不徳のいたすところです。どうぞ、今夜は私の宿坊にお泊り下さい。アベルがお世話になった礼をさせていただきたいのです。旅の話ももっと聞かせていただきたい、辺境の人々の嘆きや苦しみを我々はもっと知らねばなりませぬからな」
「い、いや、それは」
急に下手に出られてオウルは困る。確かにまだソラベルに聞きたいことはある。アベルの返品についても答えをもらっていないし、『魔王に殺された英雄』のことも聞いていない。いや、積極的に魔王についての知識を得たいわけではないが、興味がないと言ったら嘘になる。
本当に英雄なら、どうしてその存在が人々に知られていないのか。真実ではないのなら、流布している場所が限定的とはいえどうしてそんなけったいな話になったのか。
何という名前だったか、勇士……そう、勇士ダルガンだ。彼についての話は、魔王に関するものと違ってただの与太話だと笑い飛ばせないものがどこかにある。
あの時のバルガスの思わせぶりな話し方のせいか。横にいたマージョリーの態度もどことなくおかしかったからか。だがこちらが何かを掴まなければ、バルガスがその口を開くことはない。
とはいえこれ以上、ここに滞在するのは凶ではないか。余計な口をすべらせれば、思わぬ厄介ごとが転がり込んで来ないとも限らない。
「何と喜ばしいお言葉でしょう。私も戻ってきた甲斐がありました。やはり戦士に休息は必要ですからな」
アベルは上機嫌だ。
「この方たちは勇敢な神の僕。もちろん最上の客室を使わせていただけるのでしょうな、ソラベル様」
「お前が世話になったのだ、仕方なかろう。酒と食事も出来る限りのものを用意する」
ソラベルはため息をつく。アベルは更に機嫌のいい顔になった。
「確か、他にも仲間がいると言っていたな。その方たちもお招きしよう。どのような方々で、今どこにいらっしゃるのだ」
「ロハス殿という軽薄な商人の方と、ハールーン殿という変態の方ですな。門前町でみみっちくせせこましい商談をしていらっしゃるのだと思いますが、別段お呼びするほどの方々でもありませんぞ」
とアベルが言うのは、二人が来ると食事の分け前が減ると思っているのだろう。みみっちくてせせこましいのはお前だ、とオウルは言いたかった。
バルガスのことに触れもしないのは更に分け前が減るのを嫌がっているのか、完全に忘れ果てているのか。どちらにしてもアベルの薄情さのおかげで、当座は助かった。
それはともかく、師弟の間ではすっかり申し出を受ける前提で話が進んでいる。このままだと勝手に話が決まってしまいそうだ。
横目で見ると、ティンラッドは高いびきで眠り込んでいた。肝心な時に役に立たない。こういう状況をひっくり返せるのは船長くらいのものなのだが。
このまま饗応を受け、情報収集を続けるべきか。船長を起こして、無理にでもこの場を去るべきか。
オウルは悩んで、そして結論を出せなかった。