第37話:疫病神の帰還 -5-
「いや。そ、そんなことをおっしゃられても」
一等神官は逃げ腰になった。突然、武装した男が怒りだしたのだ。
怯えるのも無理はないとオウルは思う。だが、ティンラッドはそんなことは考慮しない。
「早く言いなさい。私はあまり気が長くない」
ずんずん詰め寄っていく。ソラベルは壁際に追い詰められた。
「ほら、魔王の居所をさっさと言う。言いなさい」
自分より頭ひとつ高い相手に恫喝されて、一等神官は怯えて腰を抜かしてしまった。
ティンラッドは数々の死線をくぐり抜けて来たであろう男である。戦いがなければつまらないと言い、強敵に会った時にこそ不敵に笑う男である。
大神殿の奥での静かな暮らしに慣れた神官とは、迫力が違いすぎた。
ソラベルから見れば、不法侵入して来た賊に『金を出せ』と脅されているのと大して変わらないだろう。
いや、金を要求されているならまだ良い。分かりやすいからだ。
魔王、それは存在するのかしないのかも分からない噂話の産物。そんなものの居所を真顔で聞かれたとして、どう答えたら良いのだろう。まともな人間であればあるほど困惑するしかない。
この時ばかりはオウルはソラベルに同情した。
「そ、その。私、私は……」
ソラベルはがたがた震えていた。救いを求めるように弟子に訴える。
「アベル。アベル。これはいったい何としたことだ」
「ご安心ください、ソラベル様」
アベルはにこやかに答えた。師の恐怖がまったく伝わっていない。
「船長殿は魔王を倒し、この世から魔物の害を除くおつもりなのです」
「い、いやその」
「ちょっとズレていらっしゃいますが、志の高い御方です」
「アベル、そういうことではなくてだな」
「それゆえ私も旅を共にさせていただきました。魔物は恐ろしいですからなあ」
「そうではなくてだな、その」
「おやソラベル様、どうかなさいましたか。顔色が悪いですぞ」
ようやく師匠の様子がおかしいのに気付いたようだが、相変わらず空気を読んでいない。
ソラベルが弟子を睨んだように見えたのは気のせいではなかっただろう。
オウルは仕方なく前に出た。
「船長が怖がらせるからだろ。すまねえ神官様、悪気はないんだ。せっかちなだけなんだ」
どうして自分が謝らなければいけないのか分からないが、他の二人があまりにあまりなので譲歩せざるを得ない。つくづく損だと思う。
「あやまる必要はないぞ、オウル」
ティンラッドはふんぞり返った。
「その人が何も言わないから悪い。黙っているから、何か知っているのかと思うじゃないか」
「どこの世界の理屈だよそりゃ」
オウルは呆れた。なるほど、これが海賊よりも海賊的なやり方というやつらしい。
こんな人間に踏み込まれ、ソラベルはたまったものではないだろう。
オウルはため息をついた。
「あんたさ。知らないなら知らないと言いなさいよ」
「は……」
言われたことが理解できないという風に、ソラベルは口をパクパクさせる。
「言わないと延々締め上げられるぞ」
言い添えるとようやく、怯えたまなざしでオウルとティンラッドを見比べた。
「あ、あの……。その、し、知らないと申し上げれば……?」
ティンラッドは途端に興味を失った。
「何だ、知らないのか。馬鹿馬鹿しい。時間を損した」
さっさとソラベルに背中を向ける。
「こんなところまで来て、無駄足だったな。行くぞ君たち。これ以上こんなところにいても仕方ないだろう」
「お待ちください船長殿」
アベルが引き止めた。
「私はまだソラベル様に旅の報告をしなくてはならないのです。さあソラベル様、いつまでも廊下で立ち話をなさるのは、ご身分にふさわしくありませんぞ。お部屋で来客用のお茶とお茶菓子をいただきながら、ゆっくりお話しいたしましょう」
他人にたかるというアベルの習性は、無一文で旅をしたから身についたものではない様子である。
根本的にこういう人間であるようだ、残念なことに。
だが、オウルもここで帰るわけにはいかなかった。
バルガスが言っていた『魔王に殺された戦士』の件も聞いておきたい。
そして何より、妖怪神官を大神殿に返納するという本題をまだ口にしてもいないではないか。
自分の戦いはここからだ。オウルは気を引き締めて、ソラベルを睨んだ。