表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/309

第37話:疫病神の帰還 -3-

 他の神官に何と説明したらいいかエリオスはだいぶ悩んだようだが、妖怪に人間の言葉は通じない。人界の常識をいくら説いても徒労でしかない。


 最後はエリオスも面倒になったようで、

「アベルだから仕方ない、アベルだから仕方ない」

 ぶつぶつ言いながら先に立って歩き出した。

 関わる者全てを諦観の淵に叩き落す、アベルの存在はいったい何なのだろうとオウルは改めて思ったが……いや妖怪だった。初めから答えは出ていた。


 草ぼうぼうだった建物の裏側から表へ出る。美しく整えられた緑の庭が目の前に広がった。

 点在する建物は中庭で仕切られ渡り廊下でつながれている。広すぎて全体が把握できない。門前町のにぎわいが別世界であるように辺りは静まり返っている。

 建材は全て白い石で、壁には手の込んだ彫刻が施されていた。さすが世界に冠たる大神殿、存分に金をかけた造りである。


 すれ違う神官たちにアベルは、

「お久しぶりですな。このアベル、無事帰還いたしましたぞ」

 と朗らかに挨拶をした。

 その度にエリオスの眉間のしわが深くなるが、オウルは気付かないふりをした。


「相変わらず内殿の庭には枯れ葉ひとつ落ちておりませんな。良いことです」

 アベルは上機嫌である。

「春だからな」

「雑草もありませんな。私がおらずとも、皆しっかりお勤めを果たしているようで何よりです」

「当然のことだ」

 エリオスの返答はどんどんつっけんどんになっていく。


「船長殿、オウル殿」

 アベルは得意気に、旅の仲間たちに顔を向けてきた。

「かつて私はソラベル様付きの三等神官としてお部屋の掃除も任されていたのです。人一倍きれい好きなのはそういうわけでして」

 鼻高々であるが、掃除係というのはそれほど誇るべき役割なのであろうか。オウルには理解出来なかった。


「五人いた掃除係の一人だろう、お前は」

 エリオスは不機嫌に言う。

「しかもお前が当番の日は、部屋が余計に散らかっただの物が見つからなくなっただのとソラベル様がお困りでいらっしゃったぞ。なのに、よくそのように自慢気に俗人の方々に吹聴できるな」

「ソラベル様は少々、神経質でいらっしゃいますからなあ」

 アベルはやれやれとため息をつく。


「良い方ですが、細かいことにこだわりすぎると申しますか。窓枠に埃がたまっていたとか、書棚の本が逆さまになっていたとか。上に立つ方はそのような小さいことにこだわらず、大らかにしてくださった方が良いと思うのです」

 肩をすくめているが、掃除係がそんなに大雑把では上役も口うるさくならざるを得ないのではないのだろうかとオウルは思った。

 最低限、書棚の本くらいはきちんと並べてほしい。知に携わる者の端くれとして、そう思わずにいられない。


 そんな話をしているうちに、奥まった場所に重々しい木の扉が見えてきた。ひときわ立派な装飾がされているので、上位の人物の執務場所だとすぐに分かる。

「おお、懐かしきソラベル様の執務室」

 アベルが大声を上げる。エリオスが顔をしかめて『静かにしろ』と言った。


「いいか。まずは私が中に入って、お前が帰ってきたことをソラベル様に言上する。いきなり入るなよ、絶対に入るなよ」

 口うるさく繰り返してから、エリオスは室内に姿を消した。しばし待たされる。


 取り残された三人は、黙って中庭を眺めた。咲き始めたばかりの花のまわりを、蝶がひらひらと舞っている。穏やかな早春の風景だ。

 しかしそれを見ているうちに、オウルはだんだん心細くなってきた。

 

「……やっぱり、まずかったんじゃねえのか」

 師の供として訪れた時にも、内殿まで通されたことなど一度もない。

 拝殿や祭殿がある表側の方に応接室のような場所があって、師は常にそこで旧友と話をしていた。その間、オウルたち弟子は従者用の小部屋で時間を潰していたものである。


 いかにアベルがここの人間だと言っても、そもそも『アベルについて行く』という選択そのものが大きな間違いなのだ。

「どうしたのですオウル殿。大神殿の神聖さに度肝を抜かれましたかな」

 アベルが偉そうに言っているが、そういう問題ではない。うるさいので無視する。

 早急に善後策を練るべきだ。そう思った。

 物珍し気にあちこちを見回しているティンラッドに声をかけようとする。


 その瞬間、

「ア、アベル。本当にアベルなのか」

 扉が乱暴に開かれ、中から立派な神官服を着こんだ年輩の男が飛び出してきた。痩せた顔は青白く、額に汗が浮かんでいる。


「これはソラベル様。お久しぶりでございます」

 アベルは朗らかに挨拶し、神官式に手を組んで頭を下げた。

「このアベル、ただいま帰還いたしました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ