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第36話:門前町のマドラ -5-

 女たちと機嫌よく話しているティンラッドはなかなかその場から動かない。

 話はずいぶん盛り上がっているというようだ。女たちも息抜きがしたかったのか、楽し気に船長の与太話を聞いている。

 こうなったらティンラッドが会話に飽きるか、娼婦たちの方が職業意識を取り戻して仕事に励む気になるかどちらかを待つしかない。それは経験でよく分かっていた。


「オウルさあ」

 しばらくして、ロハスが言い出した。

「悪いんだけど、オレとハルちゃんでちょっと商売の出来そうなところを見て回って来てもいいかなあ。こうやって道端に座っていても時間の無駄だし」

「そうそう。珍しいものがいっぱいあって、さっきから気になっていたんだよ」

 嬉し気にうなずくハールーンは、既に気もそぞろである。この男も十分飽きっぽいのだった。


「お守りだの護符だのを手に入れようと思ったら、ここに勝る場所はないね」

 ロハスは得意げに講釈を垂れる。

「種類の豊富さが半端じゃないんだ。子供向けから年寄り向け、戦士向けからうら若いお嬢さん向けまで何でも手に入る」


 それから声をひそめて、

「ここだけの話、裏通りに行けばかなりアヤシイものもお手頃価格で手に入る」

 と囁く。ハールーンは目を輝かせた。

「楽しそうだね」

「楽しいよ。商売のしきたりとかは面倒くさいことも多いけどね」


 何が楽しいのかさっぱり分からないが、商売人二人には『他では手に入らないものを仕入れることが出来る』というだけで楽しくてたまらないらしい。アベルに負けず劣らずこいつらのことも理解出来ねえと、オウルは改めて思った。


「ということで僕たちは買い物してるから、神殿には三人で行って」

「宿は押さえておくからさ。大丈夫大丈夫、オレの馴染みの信頼できる宿だから」

 まあいいかとオウルも思った。

 確かに男四人で道端に座りこんで船長を待っているのも情けない。それにこいつらがいるとうるさい。


 納得いかないことといえば、自分ひとりがアベルの相手を押し付けられることになる部分だが。

 ロハスとハールーンがいたからと言って神官が御しやすくなるわけでも何でもない。むしろ場合によっては余計に面倒になることさえあるので、

「好きにしやがれ」

 と言って送り出した。


 二人はうきうきと表通りに去っていく。それからティンラッドの方を見ると、いつの間にか神官がそちらに合流していて娼婦たちの前でだらしない顔を見せていた。

 旅先ならまだしも、地元の大神殿で神殿神官があんな顔を見せていいのか。

 ものすごく疑問だったが、それはアベルの問題であるし放っておくことにした。


 時々寄って来る物売りや客引きを断りながら、退屈な時間を過ごす。ティンラッドはまだ楽しげに話し続けている。何ごとかとよその店の娼妓たちまで寄って来たので人数が増えた。大勢の女に囲まれ、二人は余計にうれしそうだ。


「あれまあ、何の騒ぎだい」

 通りかかった中年女が足を止め、呆れたように呟いた。化粧が濃く、じゃらじゃらした飾り物をやたらに着けていて、年恰好に似合わぬ露出の多い服装だ。儲かっている娼館の遣り手婆なのであろう。


「こら、あんたたち。往来を塞いでいるんじゃないよ。巡礼さまの迷惑だろう」

 女たちの群れに近寄って一喝する。

「どこの店の娘だか知らないが、主人に怒られても知らないよ。あっ、ホアナにラディカじゃないか。何を遊んでいるんだい、このなまけ者が。さっさと客を店に連れて行きな」

 

 叱責されて、娼婦たちは『マズい』という表情になった。潮が引くように一斉にばらけていき、真ん中にいたティンラッドとアベルだけがぼつんと残される。


「やれやれ。みんな行ってしまったか」

 ティンラッドが残念そうに肩をすくめると、

「どこの田舎者か知らないがね。旅のお方」

 遣り手婆は不機嫌な口調で言った。


「天下の大神殿のお膝元であんなことをされちゃ困るんだよ。通行の邪魔だし、見栄えが悪いじゃないか。大神殿から怒られるのはあたしらなんだからね。商売が出来なくなったらあんたがその分の損を何とかしてくれるのかい」

「それは無理だなあ。みんな私と一緒に旅をする気があるなら別だが」

 ティンラッドはのんびりと答える。

「でも、働いている女の子たちにも少しくらい休憩が必要だろう」


「少しくらいならね。でも、往来の人目に触れるところでやることじゃないさ。迷惑だからもうやめとくれ。ねぎらいたいんなら、店に来て客になりな」

 厳しい口調で叱りつけるように言う。それから肩掛けの位置を直してまた歩き出そうとして、船長の斜め後ろに突っ立っていたアベルに気が付いた。

 真っ赤な口紅を塗りたくった唇が、ぽかんと大きく開いた。


「アベル? まさか、三等神官だったアベル小僧かい? 幽霊じゃあるまいね。とっくに野垂れ死んだと思ってたよ」

「はて。ご婦人、どこかでお会いしましたでしょうか」

 アベルが首をかしげると、女の顔が怒りで真っ赤になった。


「このあほんだら! そのバカさ加減、残念だけど本物のようだね。あたしだよ、『憩いの館』のマドラだよ、昔さんざん面倒を看てやっただろう」

 ぎょろりとした目でアベルを睨みつける。すごい迫力だった。

「あれだけ迷惑をかけ倒しておいて、忘れたとは言わさないよ。それと貸したままになっていた三ゴルと五十ニクルをすぐに耳を揃えて返しな。金を借りたまま姿をくらましやがったこと、忘れていないからね」


「ああ、マドラさん。マドラさんでしたか。もちろん覚えていますとも」

 アベルは平気な顔でうなずいた。

「お久しぶりです。少々しわがお増えになったご様子で、御見それしてしまい失礼いたしました。いや、それにしても変わらずがめつくていらっしゃるのですなあ。お元気そうで何よりです」


 全くほめ言葉になっていないし、今の今まで忘れていたに違いない。女が自分の首にかけた飾り紐を血管が浮き出るほど強く握りしめたのをオウルは見た。多分、あれでアベルの首を絞める想像でもしているのだろう。

 実行せずに堪えきった彼女の辛抱強さに、オウルは心から賞讃を送った。


 そして納得した。マドラのような女となぜか親しげである上にそこそこの額の借金までしていて、あまつさえそれを踏み倒していなくなる。

 やはりアベルは、どこにいても妖怪以外の何物でもないのだと。


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