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第36話:門前町のマドラ -2-

 居心地の悪い宿営地にバルガスを置き去りにして、一行は大神殿へ向かった。

 石造りの頑丈な壁で囲まれた門に続く列に並び、かなりの時間を過ごす。ティンラッドがイライラし始めた頃にようやく順番になった。


 十人が並んで出入りできるだろう巨大な門には格子戸が付けられており、城塞のような物々しさがあった。武装した自警団員たちが、関所と同じようにひとりひとりの出入りを監視していた。

「船長とアベルは勝手に口を開かないでね。聞かれたことにだけ簡単に答えればいいから。いいね、約束だよ」

 言い聞かせるロハスの口調は真剣だ。二度と無駄なお布施を払わされたくないのだろう。


「納得いきませぬな。私はただ大神殿の三等神官として当然の権利を主張しているだけですぞ」

「私だって言いたいことを言っているだけだぞ」

 アベルはまだしも、ティンラッドの方は理屈にすらなっていない。世の中、言いたければ何を言ってもいいわけというではないのだ。

「そんなこと言ったってダメです。とにかく口を開かない。オレの話に合わせる。分かったね?」

 しかし一度無駄金を支払わされたロハスの決意は固い。妥協を許さない態度できっぱりと言う。その迫力に、二人も渋々従った。



「どうもどうも、自警団の皆さんおつかれさまです。こちらは自警団への喜捨です」

 愛想よく挨拶したロハスは、まずは抜け目なく賄賂を差し出す。

「オレはロハス、生まれはタイザで職業は商人です。大神殿にはお参りと、少しばかり取引が出来たらと思いまして。これは相棒のハールーン」

 ハールーンを前に出す。


「はじめまして。砂漠の都市、ダントンから参りました商人のハールーンです。今回は大神殿に巡礼したいという僕の願いをロハスが聞いてくれ、こちらに立ち寄ることになりました」

 しおらしげに頭を下げる。打ち合わせなどしていないだろうに、よくペラペラと出まかせが口に出てくるものだとオウルは呆れた。それにどうやら出身地を誤魔化すくらいの芸当はするようになったようである。


「ふむ。大神殿は初めてなのか」

 自警団員はハールーンをじろじろ眺める。

「砂漠を出るのも初めてですので、どうしても大神殿にお参りしておきたかったのです」

 ぶしつけな視線を『砂漠の王子様』は穏やかな笑顔で流した。

「ロハスは何度か経験があるのですけれど。僕は田舎者で」


「そっちの男はタイザ生まれだと言ったな。『神の秤』商会か?」

「縁者ですが、商売は単独の小さなものでして」

 ロハスは手をすり合わせる。

「店を出すなら出店料が必要になるぞ」

「いえいえ、とてもとても。そんな大きな商売は出来ませんで。仕入れがてら、手持ちの商品を少々交換出来たらと思うくらいでございます」

 あくまで低姿勢である。


「分かっていると思うが、商売をしたならば売り上げの一割五分を必ず神殿に寄進せねばならぬからな」

「それはもう。良い取引が出来ました暁には、喜んで寄進させていただきます」

「うむ。同行者たちは何者だ?」

 そこでようやくオウルたち三人に自警団員の視線が向けられる。


「護衛に雇った者たちです。戦士のティンラッド、魔術師のオウル、神官のアベル」

「私は大神殿の……」

 性懲りもなくアベルが口を挟もうとしたが、


「彼も僕と同じで、ぜひ一度は大神殿に参詣したいってそれはもう熱心に。ええ、彼は神官ですから僕などよりずっと篤い信仰心があるのでしょう」

 さっと駆け寄ったハールーンが話をひったくった。親し気に肩を組むが、首筋に当たっている袖口から短剣がのぞいたようにオウルには見えた。

 アベルは黙り込んだ。


「私は船長だ」

 代わりにティンラッドがむすっとして言ったが、

「そう、元船乗りで船長の戦士ティンラッド。それはもう強くて、何度危地を救われたか分かりません」

 これもロハスが上手く話をつなげた。言いながらさりげなくティンラッドの足を踏んづけていたが、オウルはそれも見なかったフリをすることにした。


「戦士、魔術師、神官か。護衛としては普通の組み合わせだな」

 自警団員はうなずく。職業の組み合わせだけなら普通なんだよなあとオウルは思った。

「戦士の職業が船長になっているが……元船長だというならそういうこともあるか」

 観相鏡でステイタスを見られたが、ティンラッドの余計な口出しが功を奏したようである。


「む。ハールーンとやらいう商人のステイタスが見えぬぞ。貴様、いったい何をやっている」

 それがあったか。どう切り抜けるべきかとオウルが考えているうちに、

「え……何かおかしなことがあったのでしょうか」

 ハールーンが虫も殺さぬといった儚げな表情を浮かべて首をかしげた。オウルは正直、『気持ち悪い』と思った。


「その衣だ。魔術師めいた衣がおかしいと思っていたが、何か魔力を感じるぞ」

「これですか」

 ハールーンはとまどった様子でバルガスの黒い衣を見る。

「これは僕の家に代々伝わる弔いの衣なのです。実は旅に出る前に両親が魔物に殺され……悲惨な最期でした……父の四肢はちぎられ、死体はかろうじて顔だけが判別できる状態で……」


 急に(でまかせの)話がすさまじく重くなった。細部が妙に具体的なのは、おそらく実際の体験を元に話しているからなのだろう。ただしハールーンの両親が魔物に殺されたのは最近ではなく十年前の出来事だ。


「そ、そうか。それは気の毒だったな」

 凄惨な話に自警団員も対応に困った様子になる。

「恐ろしい魔物はいつか必ず神の力で世界から浄化されるだろう。だからあまり気を落とさずにな。それで、その衣の魔力なのだが」

「ありがとうございます。代々伝わるものなので何か特別な力があるのでしょうね。自警団の皆様の心強い励ましのお言葉を頼りに、僕も頑張って生きていこうと思います」


 無理やり『いい話感』を出して会話を終わらせにかかった。ものすごい力技であるが、もともとハールーンはそういう強引な人間なので言い方が堂に入っている。『これ以上話すことなんかないよね』という空気を強烈に放射している。


「そ、そうなのか……いやでも……しかし……」

 自警団員は口ごもった。こういう人間の対応に慣れていないのだろう。それが普通だろうが。


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