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第36話:門前町のマドラ -1-

 大神殿はそれ自体が防壁に囲まれたひとつの街である。神の教えの総本山であるこの場所に巡礼を志す善男善女は、魔物時代になっても絶えることがない。東西南北四つの門の前には祈りを求める人々が連日列をなす。


「この世にまだこんなに人間がいたんだなあ」

 オウルはしみじみと言った。

「そうだねえ」

 ハールーンも青い瞳に憂いを浮かべる。


「ここまでじゃなかったけど、僕の生まれた街も昔はそれなりににぎやかだったんだよ。雨季には数日おきに隊商が訪れてさ。新しい客人が着くたびに門番がシャーンシャーンと鐘を鳴らして、それが街中に響き渡るんだ。今度はどんな物を運んでどんな人たちが来たのかなってわくわくして、早く見たくてたまらなくて広場の方を向いた館の窓から顔を突き出して……」


 そこまで話して、彼は言葉を切った。

「昔の話だね。どうでもいいことだった、ごめん」

「おう……」

 オウルは対応に困る。確かにどうでもいいのだが、無駄に内容が重いので冷たくあしらうのも悪い気がする。かと言って、子供の頃の思い出話など聞かされても何の興味も持てない。


「おーい」

 そこへちょうど良くロハスとバルガスが戻って来た。

「やっぱりあの店が一番安いや。奥の方に見える、森に近い端っこの店ね。分かる?」

「ずいぶん遠いことは分かるぞ」

 ロハスが指差す方を見ながらオウルは答えた。


 大神殿は全体が神域である。騎乗や馬車での参詣は許されていない。そのため神殿の周りでは、馬や牛の世話をする使用人が主人の帰りを待つことになる。

 神殿施療院の空きを待つ病人とその家族など、他にも防壁の外にたむろする者は多い。

 彼らのために神殿が考え出した商売(とロハスとハールーンは評し、アベルは『恩寵』と表現した)が、防壁の外に宿営する場所を用意して地元の人間に経営させることだった。


 かくして大神殿の外側には小天幕があふれかえっている。門に近い辺りは借地料も高いそうで、金のかかっていそうな馬車が置いてあるのが目立つ。その傍にはきちんとした服を着た使用人らしい男たちが数人、馬と馬車を見張っていた。

 一方、門から離れれば離れるほど人々の服装は貧しげになっていく。一組当たりに貸し出される宿営地も小さくなるようだ。


 そしてロハスが契約して来たという場所は、どうやら宿営地の一番はじっこだった。

 遠すぎて逆に借りる人間も少ないようでスカスカだが、確かにぽつりぽつりと天幕が建てられている。


「土地は傾いているし水はけは悪いし北風が直接当たる」

 バルガスは不平たらたらだった。

「裏の森で勝手に野宿をさせてもらいたいのだが。この辺りの地理は承知している、あそこより良い野営地をいくらでも見付けられるがね。それなら借り賃もかからぬから、君たちにとっても都合が良いのではないのか」


 珍しく金のことまで言い出したバルガスは、よほどその宿営地が気に食わなかったのだろう。だがアベルが無情に宣告した。

「ダメですな。許可された宿営地以外で勝手に野宿することは厳禁です。自警団に取り締まられて処罰の対象になりますぞ」

「そうそう。三倍の罰金を取られるんだよ。だからおとなしくあそこで待っててね、バルガスさん」

 ロハスもうなずく。


「アルカの宿で待っていることにするべきだったな」

 バルガスは吐き捨てるように言った。

「ダメだよ」

 ロハスも譲らない。

「宿屋に泊まったらそれこそ、一泊ごとに三倍以上かかるじゃない。あそこで天幕張ってる分には一晩一シルなんだよ、オレが頑張って値切ったから実際は七百ニクルなんだよ。何が何でもあそこに泊まってもらわないと困るよ」

 バルガスが苦虫を嚙み潰したような顔をしているこの状況を、面白がるべきなのか素直に気の毒がるべきなのかオウルは真剣に迷った。


「まあ、それにどうせあの宿はダメだろ」

 決められないまま、オウルもため息をつく。

「あの店主に笑顔で二度と来ないでくださいって追い出されちまったからな。もう泊めてもらえねえぞ、あんたも」


 あの宿で夕食を取った後、一行は手ぐすね引いていたならず者たちに襲いかかられたのだ。明らかにハールーンの軽挙が更なる厄災を引き寄せたのである。

 遠来の礼儀知らずの腕を試そうと思ったのか、懲らしめてやるつもりだったのかは分からない。だが初めから抜刀あり、攻撃呪文ありの本気の襲撃だった。


 しかし残念ながら、オウルの所属するパーティは正真正銘のならず者の集まりなのだ。

『おっ、何だやる気だったのか』

 不穏な気配にいち早く気付いたティンラッドは実に嬉しそうに微笑んだ。

 椅子を蹴立てて立ち上がると、その勢いのまま三人を切り倒す。相手が襲いかかって来るより、こちらが反撃する方が早かった。言葉が意味をなしていないが、そうとしか言いようのない状況だった。


『わははは! 楽しいなあ、最近こういうことがなくてつまらなかったんだ。ほらほら、固まっていないでもっと来なさい』

 暴れ始めたらティンラッドは止まらない。店の損害など気に掛けず刀を振り回す。


 そして現在のパーティには、

『船長は本当に騒がしいのが好きだよね……』

 酔いつぶれていたはずなのに幽鬼のように立ち上がり、

『僕はもっと落ち着いた宿が好きなんだけどな。こういうのは苦手だよ……眠いし』

 とか言いながら平気で他人の体を切り裂く暗殺者もいるのだ。

 こちらも戦闘を憂さ晴らしの手段か何かとカン違いしている上に、他人の迷惑を気に掛けるような神経は持ち合わせていない。


 更に、他人顔をしているがバルガスだって黙ってやられているような人間ではないのだ。むしろ殴られる前に蹴り倒す側である。


 わけあり客専門の宿屋から出禁を食らうというのは相当な話だと思う。そういう常識はずれなことをしてしまった責任は、各人が等分に負うべきではないだろうか。

 具体的に言えばオウルたち残りの三人は逃げ惑っていただけなので、暴れた三人が責任を負うべきである。


「そういうことだから、諦めろ先達」

 バルガスは恨めし気にオウルを睨んだ。

「君たちの振舞はよく記憶しておくことにする」

 知るかと思った。このパーティに加入した時から、全員等しく詰んでいるのである。



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