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第35話:神殿自警団 -6-

「それはともかく、船長に相談したいことがある」

 バルガスは淡々と言った。

「何だ?」

「大神殿への『参詣』だが。私とハールーン君は不参加にした方が良いと思う」


「えっ」

 皆がバルガスを見た。闇の魔術師は頭巾からのぞく薄い唇をゆがめる。

「関所を抜けたからといって、観相鏡を使われる場面がもうないとは限らない。安易に足を踏み込むのは我々にとって良い結果にならないだろう。すまないが私は特別信心深い性質でもなし、別行動をさせてもらう」


「ちょっと待って。何で僕が巻き添えに決まってるの」

 己の立場を理解していないバカが口をとがらせて文句を言った。

「僕は大神殿に行ってみたいよ。大神殿の噂は、僕の生まれた街でだっていろいろ聞いたよ。せっかくここまで来たのに、お預けなんてイヤだ」


「うるせえ。ゴチャゴチャ言うな」

 オウルはハールーンを肘で小突いた。バルガスの申し出は意外だったが、その判断には賛成できる。

 狡猾な闇の魔術師は簡単にしっぽを掴まれる真似はしないだろうが、砂漠から来た変態の方は話が別だ。幸運値マイナス二百の補正がなかったとしても、隙が多いのだ。危機感が足りないのだ。要するに、悲しくなるほどバカなのだ。


 バルガスもその辺を鑑みて、引き続きハールーンの面倒を看ると言っているのだろう。そう思ったのでオウルは積極的にその尻馬に乗ることにした。

 もちろん今回の件からして、バルガスの管理能力には疑問を感じざるを得ない。しかし自分がバカの面倒を看ることを思えば万倍マシである。自分から引き受けてくれると言っているのだ、断る理由は何もない。全力で応援する。


 ところがバルガスは、

「そうかね。別に無理強いするつもりはない」

 あっさりと引き下がってしまった。

「おいおい先達」

 ついオウルは口をはさんでしまう。

「もうちょっと粘れよ。話が違うじゃねえかよ」


「話も何も。大神殿に参詣したいというハールーン君の意志が固いなら、私がどうこう言う権利はないだろう」

 薄笑いを浮かべ、闇の魔術師は答える。

「そうだろう、アベル君」


「そうですな。大神殿に参詣したいと願うのは、人として当然です」

 アベルはもったいぶってうなずいた。

「ハールーン殿は特に、改悛の余地が他の方より余分におありになりますからな。大神殿で教えを請い心を清め、浄財を為すのは良いことだと思いますぞ」

「アベルに言われたくないんだけど」


 ハールーンはまた唇をとがらせる。

「だいたい僕の心は元々清らかだよ。失礼だな」

「やれやれ……自覚がないというのは恐ろしいものですな」

 アベルは呆れたように首を横に振ったが、正直どっちもどっちだとオウルは思った。


 限りなく偽物くさい神官は、続いてバルガスに顔を向ける。

「それにしても、バルガス殿の不信心は非常に嘆かわしいことですぞ。ですが清浄たるべき大神殿にふさわしい人物でいらっしゃるかと申せば、その点については肯定しにくいですので、仕方ないといたしましょう。しかしバルガス殿はもう少し神を信じる敬虔な心を持ち、自らの魂を浄化なさるよう努めるべきではありませんかな」

 偉そうである。ひたすらに偉そうである。


「厳しい言葉が胸に刺さるな」

 バルガスは軽くあしらった。

「私は大神殿の外で野宿でもしているさ。ハールーン君には『しらせずのローブ』を貸そう。それで少々のもめごとは避けられるだろうからな。貴重な品だから、汚したり破ったりしないように十分に気を付けて扱ってくれ」


「ええ……」

 ハールーンは眉根を寄せた。

「イヤだなあ。面倒くさいからいいよ。バルガスがいつも着てるローブなんて臭そうだし」

 周囲の空気がひび割れた音をオウルは聞いた気がした。


「このバカ野郎。てめえには必要なんだよ、いい加減に理解しろ」

 オウルはハールーンの頭をべしっとはたき、

「バルガスさん、オレが貸借契約書を作ろうか? ハルちゃんが修理できないほど汚したり破いたり不注意でなくしたりした場合……そうだなあ、補償として二十五ゴルくらい払うっていうヤツ。そのくらいしないと、ハルちゃんは借りたものを大切に扱わないよ」

 ロハスもバルガスに同情的な目を向けながら、そう申し出た。


「不当だ。そんな取引は無効だよ」

 ハールーンがわめく。

「何でオッサンの小汚いローブの借り賃が二十五ゴルもするんだよ。三分の一、いや五分の一でも高すぎるだろ」

 ほぼ反射的に値引き交渉を始めるのは交易都市に生まれた者としての習性なのだろうか。

 それにしても最初に気にするところがそれなのか。オウルはつくづくこの男と付き合うのが嫌になった。


「あのな。落ち着いて考えろ。貴重品なんだよ」

「そうだよ。バルガスさんがいつも着てるからとかそういうのは置いておいて、性能だけ考えてみてよハルちゃん。そのくらいの値踏みが出来なきゃ商人やっていけないよ」

 オウルとロハス、二人がかりで説得に当たる。


「う……」

 やはりロハスの説得が効果があるようである。ハールーンは悔し気に唇をかんだ。

「でも二十五ゴルは高すぎる。せめて半額……」

「ダメ。それに、ハルちゃんには初めにバルガスさんに一ゴル預けてもらうよ。借りてる間にどこかに引っ掛けて破いたり、何かこぼして汚したりしそうだからね。その修理賃を先払いってことで」

「ちょっと。そんなことしないよ、小さな子供じゃあるまいし。僕は服装には人一倍気を遣う方なんだ。戦闘の時だって、服が汚れたり破れたりしないように気を付けてるんだよ」


「それは自分の気に入った服を着ている時の話でしょ」

 ロハスは冷たい。

「借り物だったらそんなこと気にする? バルガスさんの、性能はすごいけど見た目野暮ったいローブだったら、破ろうが汚そうが気にしないでしょ」

 ロハスの言い様も相当だと思うが、返事が出来ずに黙り込んでしまったハールーンもハールーンだと思う。


「その代わりハルちゃんがローブを完璧に元の状態で返却できたら、バルガスさんも一ゴルを返却する。これでどうかな?」

 勝利を確信したらしいロハスが、変態と闇の魔術師を眺めて提案する。

「私に得られるものが全くなくなったように感じるがな」

 話の流れに気分を害したらしいバルガスはつっけんどんに答えた。


「だって、もともとタダで貸そうと思ってたんでしょ? 太っ腹だなあバルガスさん、そういうところ大好き。じゃあ互いに丸く収まったってことで、契約成立」

 と言うが、ニコニコしているのは彼一人である。


「二度と君たちに貴重な品物を貸そうなどと思うまい」

 バルガスは不機嫌だし、

「ロハス、横暴だよ。あんまりだ」

 ハールーンも不満顔だ。


 ティンラッドが手元の杯を飲み干した。そして、

「別にどうでもいいんじゃないかなあ。バルガスも一緒に来ればいいし、ローブなんてハールーンが着たくないなら別に着なくても……」

 いつもどおり茫洋とした口調で言ったのを、

「船長は黙ってて」

 ロハスがきっぱりと遮った。

「みんなの安全に関わるんだから、適当なこと言うのやめて」


 そう。自分たちはただ、安全に平穏に旅をしたいだけなのだ。

 なのに毎度毎度どうしてこんなわけのわからないことになるのか。考えただけで、オウルは頭が痛かった。


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