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第35話:神殿自警団 -5-

 夕飯時になると、宿にはまた人が集まってきた。

 どれも一癖ありそうな油断のならない目付きをしている。見るからに裏の世界の住人という感じだ。

 そして全員が黙ったままでひたすらこちらを見ている。ガラの悪い男たちが酒場いっぱいに集まっているのに、店主に注文をする以外に人の声が聞こえない状況というのはものすごく居心地が悪い。


「この店には美しい女性はいないのですかな。むくつけき男性ばかりですな」

 いや、会話ならあった。自分の属するパーティのバカみたいな会話が。

「黙ってろ」

 オウルは低く言った。

「なぜですか。食事は楽しくするべきでは。美味い料理と酒、そして楽しい会話がなければ人間的な生活とは言えませんぞ」

 全く楽しくないんだよ。そうオウルは思った。


「美しい女性……美しい女性と言えば僕の姉さま……」

 とっくに潰れて机に突っ伏しているハールーンが、寝言のようにもごもごと言った。

「僕の姉さまは本当に美しいよね……天女だよね……というか女神だよね。ああ、姉さま……姉さまに会いたいよ……姉さまぁ……」

 寝ながら泣き始めた。鬱陶しい。


「ここの店の客は、ずいぶんとおとなしいんだなあ」

 ティンラッドも、この異様な雰囲気を意にも介していない様子である。

「あまり静かだと落ち着かないなあ。可愛い女の子がいないのはつまらないが、後で私がシタールでも弾いて盛り上げようか」


「やめてくれ。終わったらさっさと部屋に引き上げよう」

 オウルは胃が痛くなってきた。食欲も出ないし、飲んでも酔える気がしない。

「オレも部屋に帰りたい。さっさと食事しちゃって客室に戻って鍵をかけて閉じこもりたい」

 ロハスも同じ気持ちのようである。


「お二人とも今日はどうなさったのです」

 アベルは上機嫌だ。

「夜はこれからではありませんか。せっかくお店の方が今日は飲み放題だとおっしゃってくださったのですぞ。心行くまで飲まなくては」

「え?!」

 仕切りの向こう側で酒棚の前に立っていた店主がギョッとしたようにこちらを向いた。


「いやその……飲み放題と申し上げたつもりは……」

「何ですと? おっしゃったではありませんか、ガラの悪い客を追い払ってくれた礼としてお酒をごちそうしてくださると。よもや神官たる私に嘘をおっしゃられたのではありませんでしょうな。虚言の罪は厳しく戒められるべき事柄ですぞ、神罰が下りますぞ」

「い、いやいや。嘘というわけでは」


 さすがオクレ妖怪。他人から物を強請り取ろうとする時の図々しさは並ぶものがない。

 そしてこのパーティは、もはやどこからどう見てもならず者の集まり以外の何ものでもない。本職の店主がアベルに詰め寄られてたじたじとしている。

 自分がいかに異常な人間に囲まれているかを改めて思い知らされ、オウルは胃だけではなく頭も痛くなってきた。


「盛り上がっているようだな」

 低い声がした。見慣れた背の高い人影が、外套の頭巾を下ろした姿でいつの間にか横に立っていた。

「先達」

 その姿を見てホッとするのもどうなのかと自分で思ったが、正直ホッとしてしまった。同時に怒りもわいてくる。


「何やってたんだよ、変態バカ野郎を放りっぱなしにして。おかげでこのザマだ。どうするんだよこの空気」

 明らかにこちらに向けて殺気をぶつけてきている他の客たちをちらりと見て声を落とす。

「どうしてここを待ち合わせ場所にしたんだよ」

 頭巾の陰からのぞく薄い唇の端が吊り上がる。

「表街道を堂々と歩けない我々にふさわしい店だと思ったのだがね。ここでなら、ハールーン君を放っておいても大きな問題にはならないと踏んだのだが」


「どこがだよ。めちゃくちゃ問題を起こしてるよ。更にクサレ神官が加わって大惨事だよ」

「アベル君の言動については責任を持てぬな。何しろ、今の今まで別行動をしていたのでね」

 せせら笑うように言われる。二日離れていただけなのに、こんなに腹の立つ相手だったかと改めて思った。


 バルガスは空いている席に腰を下ろし、酒と料理を店主に注文した。

「考えてもみたまえ。街中の宿屋とこの店、同じことが起きたらどちらの方が騒ぎになったと思うかね」

 揶揄するように言う。どちらも何も、街中のちゃんとした宿屋でならあんなことは起こらない……とオウルは言い返したかったが。

 不幸にして口を開く前に気付いてしまった。もし表通りの店に宿を定めていたとしても、ハールーンをひとりで放っていたら同じことが起きる。


 無駄に目立つのだ。きれいな顔と浮世離れした雰囲気のせいで絶好のカモに見えるのだ。更に幸運値マイナス二百は伊達ではない。確実に良からぬ輩を引き寄せる。

 そしてハールーンはバカである。人間が軽率に出来ている。だからろくでもないやつらに絡まれたら、すかさず報復に出る。ここでやったのと同じように血の雨を降らせる。


 結果は考えるまでもなかった。この店だからこそ、誰にも騒ぎ立てられることなく『よくあること』として処理されたのだ。

 表通りの宿屋だったら即座に自警団が呼ばれ、魔物使いのステイタスもバレて今頃とんでもないことになっていたかもしれない。


「納得してもらえたようだな」

 バルガスはそう言って、給仕された肉料理を口にする。

「ここは我々のパーティに似合いの宿だと思うがね」


「待て。それって、先達がこのバカをきちんと監督していれば済む話じゃないのかよ」

 オウルがツッコむと、バルガスは嘲った。

「悪いが、私は君ほど面倒見が良くなくてな。ハールーン君をここまで連れて来ただけで十分に働いたと思ってもらいたい」

「俺だって好きでバカどもの面倒をみてるわけじゃねえよっ」

 つい大声を出してしまった。


 我に返って周りを見ると、人相の悪い男たちが一斉に視線を逸らす。

 自分もこの連中の同類だと思われている。それがひしひしと感じられ、オウルはとても情けない気持ちになった。


「ハルちゃんを連れて歩くだけで大変なのは分かるし、バルガスさんとハルちゃんの道中ってどんなだったのか興味があるって言えばあるけど」

 ロハスが厳粛に口をはさんだ。

「何でバルガスさん、こんな店を知ってるのさ。この辺りは何回か商売で回ったことあるけど、この宿屋は初めてだよ。噂も聞いたことなかった」


「言ったはずだが。蛇の道は蛇だと」

 バルガスは平然と答えた。

「それに、この手の店としてはここの料理は悪くない」


「確かに美味しいけどさあ」

 そう言って料理を口に運ぶロハスの神経もやはりおかしい、とオウルは思う。

「落ち着かないよ。何だか注目されてるしさ。たぶん悪い意味で。もめごとの予感しかしないんだけど」

「もめごとなら船長は歓迎すると思うが」

 確かに。そう確信できてしまうことが悲しかった。


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