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第35話:神殿自警団 -2-

「大丈夫です。金鎖がなくなってもここにほら、火傷の痕が。鎖の形がはっきりと残っているはずですぞ。これを見れば鎖があったことは一目瞭然。任命式の時にうっかり動いてしまったことが功を奏しましたな」

 アベルは首の後ろを見せて力説したが、

「いや、そんなの何の証拠にもならねえし」

 それで関所を通れるのなら、ニセ神官が横行し放題になるだろう。


「私とハールーン君は、しばらく別行動をするとしよう」

 バルガスは淡々と言った。

「ここからなら……そうだな。アルカの街の『三ツ池亭』という宿屋で合流で良いだろう。ではハールーン君、行くぞ」

 踵を返して歩き出す。


「ま、待ってよ」

 ハールーンはバルガスの後ろ姿と、他の仲間を見比べて戸惑った様子になる。

「どうするんだよ。船長たちと別れてそれでどうなるの? ちゃんと分かるように説明してよ」

「蛇の道は蛇というやつだ」

 バルガスは振り返って冷たいまなざしで仲間を見た。

「我々は普通の道は行けぬのでな。別の道を使う。この辺りは何度も行き来したことがある、心配は要らない」

 言い捨ててまた背中を向ける。


 ハールーンは少しの間迷ったが、他に方法はないと見てその後を追った。

「バルガスさんもこの辺りに詳しいんだね。何だか意外だなあ」

 後ろ姿を見送りながらロハスがつぶやく。

「魔術師の都と大神殿は、仲が悪いようで結構行き来があるからな。先達は塔でも古参の弟子だったようだし、何かと来る用事があったんだろうさ」

 オウルは浮かない顔で頭巾を引っ張り、顔を深く隠した。


「それではオウル殿も大神殿にいらしたことがあるのですか?」

 ツッコんでくるアベルを『ウザい』と思った。空気を読め。聞かれたくないのだと察しろ。

「……師が健在だった頃に何度かな。ロイゼル様とかいう名前の神官を師が訪問するのに、供としてついて行ったことがある」

 仕方なく返答すると、


「それはロイゼル様ではなくロイゼロ様では」

 すかさずアベルが訂正してきた。

「ご高齢の方ではなかったですかな。こう、白いひげを膝のあたりまで伸ばされた」

「そう、それだ。ものすごくひげが長かった」


「ロイゼロ様ですな。間違いないでしょう」

 アベルは訳知り顔にうなずく。

「いけませんぞオウル殿、目上の方の名前を間違えてはいけません。しかも大神殿の一等神官の名前を間違って覚えるなどあってはならぬことです」

「知るか! 俺の知り合いじゃねえ、師匠の知己だったんだよ。こっちはついて行っただけで話をしたわけでもないんだ、いちいち覚えてられるか」


「大神殿の一等神官ですぞ」

「だから知るかって言ってるんだ。こっちは魔術師の都の住人だったんだよ、神官の名前なんかどうでもいいんだ」

「嘆かわしい。ロイゼロ様と言えば大神殿きっての人格者として尊敬された方ですぞ。私が掃除をサボっているのを見付けると、おいでおいでをしてよく飴をくださいました。良い方でした」

「いや、サボっているやつに飴玉をやっちゃダメだろうよ」

 その神官は大丈夫だったのか。年を取って少々ボケていたのではないのか。人格者というのはつまりそういう……。


「大神殿の一等神官だった方に対して不敬ですぞオウル殿。本当にロイゼロ様は良い方でいらっしゃいました。それなのにまさか盗賊団の手にかかり悲惨な最期を遂げられるとは」

「えっ」

 話半分に聞き流していたオウルは、思わずアベルの顔を見直した。

「死んだのか、あの爺さん」


「ええ。もう四、五年は前になりますな。信者の頼みで近郊の街にご祈祷に向かわれたのですが、その途中で盗賊団に襲われたのです。当時、大神殿の内部は事件の話でもちきりでした。それをきっかけに自警団が強化され、付近の治安維持に力が注がれるようになったのですが」

「そうだったのか。師匠が大神殿に出かけなくなったのは、魔物時代になって旅が危険になったからだとばかり思っていたが」

 会いに行く相手が亡くなっていたのでは、出かけても仕方がない。


「オウル殿のお師匠様も確か亡くなられたのでしたな」

「ああ。三年……三年半前になるか。早いもんだな」

 そう言ってから、オウルはロイゼロという神官と自分の師匠の死期が意外に近いと気付いておかしな気がした。一方は盗賊団が跋扈し始めた頃の避けようのない事件の被害者、他方は魔術師の都で冤罪を着せられての自死ではあるが。


 しばしば会いに行く様子からして、師匠とロイゼロはかなり親しい友人同士だったのだとオウルは感じていた。こんな時代だから、不慮の死など話の種にもならない。珍しいことではない。友人だった二人が二年足らずの間に別々に変死を遂げたとしても、偶然として片付けられる範囲の出来事だ。

 それでも何だか気になった。


「ほらオウル。ボーっとしてないで並ぶよ」

 考え込んでいたらロハスに背中をつつかれた。気が付くと関所に並ぶ列がずいぶん長くなっている。早くしないとかなり待たされることになるかもしれない。

「悪い、今行く。……船長とアベルは」

「え、たった今までここにいたけど?」

 ロハスは焦った表情になってきょろきょろし始める。オウルも悪い予感がした。


 すぐに、

「ですから私は大神殿の三等神官です。この火傷の痕を見れば分かるでしょう。神官の任命式で、正にこの首に金鎖が巻かれようとした時のことでした。熱い鎖が巻かれるから決して動いてはならないと言われていたのですが、そんな時に限って鼻がむずむずしてきてしまい私はくしゃみをしてしまったのです。それも三回も出ました、祈りの間に響き渡るような大きなものが。それに驚いて鎖を巻く役の先輩神官の手がすべりました。そして私の首にこの火傷が刻まれたわけなのです。たいそう熱かったものでした。これで分かりましたな?」

 くどくどと自己主張するアベルの声が耳に飛び込んできた。列を作る旅人たちを整理していた自警団員をつかまえ、自分が大神殿の神官だと訴えている。


 更に、

「君たちは何の権利があってこんなことをしているんだ。並ばされるのは別にいい。私は待たされるのは嫌いだが、戦えない人々を盗賊から守らなくてはならないのは分からないでもない。だが、どうして他人から魔物や盗賊と戦う機会を奪うんだ。自分たちだけで戦いを独占するなんてズルいじゃないか」

 別の自警団員をつかまえて難癖をつけているティンラッドの声も聞こえてくる。


 ちょっと目を離した隙にこれだ。オウルは気分が沈んだ。それもよりによって、バルガスとハールーンという戦力になる二人が離れている時に。


「何とか二人を止めるぞ、ロハス。面倒が大きくなる前に」

「うん。時間がかかればかかるほどお布施として要求される迷惑料の額が大きくなる」

 ロハスも真剣だった。


「でも、オレ弱いんだよなあ。オウル、何か上手い方法ない?」

「あればとっくにやってる。諦めて正攻法で止めるぞ。俺は船長に行くからお前はアベルを何とかしろ」

 二人はため息をつき、互いの目標を止めるべく向かって行った。


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