第4話:氷の洞窟 -3-
いよいよ洞窟へ向かう朝。
人のよさそうな町長がやってきて、三人を激励してくれた。
ロハスは例によって調子よく、
「必ず町を救ってみせますから」
とか言っているが。オウルにはそれが凶兆としか思えなかった。
「洞窟に近付くほど吹雪が激しくなるはずだから。麓に、タラバラン師の住んでいた小屋があるから、今日はそこまで進んで休みをとろう」
ロハスがそう説明する。
「って。他人の家に勝手に入るのはまずいんじゃないのか」
「抜かりはないよ。ちゃんとお嬢さんに許可を取って、鍵も借りてきた」
金色の鍵を見せびらかす。
「三十五歳のお嬢さんか」
「そう。三十五歳のお嬢さん」
なんだか意気が上がらない話だな、とオウルは思った。
天気はロハスの言うとおりだった。
町を出た時は、普通に降っているだけだった雪は、洞窟のある山に近付けば近付くほど激しくなり、風は正面からまともに吹き付けた。
オウルは十歩進むごとに魔磁針で方角を確認し、絶え間なく仲間たちに寒さよけの呪文や雪よけの呪文をかけ続けた。
その間に、魔物たちの襲来もある。
まあそちらは、ティンラッドが片付けるからいいのだが。
それでも、雪グマの爪は強力だし、群れをなして襲ってくる雪オオカミも厄介だ。
「クマなんだから、冬眠しててよ」
ロハスが情けない顔で泣き言を口にした。
「だから雪グマなんだろう」
ティンラッドは軽く答える。
二時間ほどの距離ということだったが、そんなこんなで道のりは進まず。
目当ての小屋に着いたときは、日が傾きはじめる時間だった。
「無理は禁物。今日はここで休むよ」
ロハスがかじかんだ指で、小屋の扉を開ける。
中に足を踏み入れたオウルは、感心して部屋を見回した。
外から見ると粗末な小屋だが、中には程よく魔力が張り巡らされ、外からの寒さや脅威を受け付けないようになっていることが彼には感じ取れる。
さすが、魔術師の都で師と呼ばれた魔術師だ、とオウルはひとり感心した。
「石炭は……これか」
ロハスは忙しく立ち働いて、暖炉に火を入れている。
部屋はすぐに暖かくなった。
「ここに、タラバラン師はずっと住んでいたのか」
「うん。知ってる人?」
「いや。俺が小僧で、魔術師の都に入った頃に、入れ替わりで隠退された方だからな」
答えてしまってから、オウルは気まずい顔で口を閉ざした。
ロハスは軽く笑う。
「やっぱりね。月桂樹の杖を持っていたから、都で正式に勉強をした人だと思ったんだ。地方の魔術師の弟子とかじゃないってね。威張れることじゃない、なんで隠してるんだよ」
「いろいろ事情があるんだ」
オウルはもごもごと言って、立ち上がった。
「ここに、師の研究の記録なんかが残っているのかな。置きっぱなしじゃまずいだろう」
「さあ。貴重なものは、お嬢さんが引っ越してくるときに運び出したらしいけど。奥が書斎だってよ」
「見学させてもらおう。それくらいはいいだろう」
オウルは奥の部屋の扉の前に立った。
侵入者を妨害するための防御呪文の存在を予期したが、案に相違して魔力の痕跡はなかった。
ごく普通の、一般家庭の扉。
拍子抜けするほど簡単に、それは開いた。
中は、当たり前の書斎だった。本棚にはたくさんの魔導書が収められている。
棚がいくつか空いているのは、引っ越しの際に持ち出されたものだろうか。
残っている本をオウルは丹念に眺めたが、古典的な物ばかりで、タラバラン自身の研究記録らしいものは何もなかった。
「ま。そりゃ、そうか。娘っていうのが弟子なんだろうし、最優先で持ち出すよな」
つぶやいて、居間に戻ろうと振り返る。
そちらからは、食料を分けるロハスとティンラッドのにぎやかな声が聞こえていた。
「おい。俺の分もよこせ」
大声を上げた時、足元でカサリという音がした。
見ると、帳面からちぎれたような紙が一枚、忘れ去られたように床に落ちている。
「何だこりゃ」
呟いて、拾い上げた。
見たところ、意味をなさない文字の列が、紙の裏表にびっしりと書き込まれている。
魔術師の研究記録の一部だ、と直感した。
おそらく、タラバランの娘がここを引き払う時に、何かの拍子にちぎれて落ちたのだろう。
「届けてやるか」
呟いて、その紙を懐に入れ、それきりそのことは忘れた。