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第35話:神殿自警団 -1-

 西に向かって街道を進めば進むほど、通行する人の数が多くなった。

「ねえ、あれ何」

 ハールーンがたずねる。指差しているのは揃いの白い服に身を固めた武装した隊列だ。

 他人を指差すなとオウルは思ったが、口に出すと面倒になるのでやめた。自分はこの男の親でも兄弟でもない。しつけてやる義務はない。


「大神殿直属の自警団だよ。この辺りの町や村から腕の立つ人が集まって、巡礼者を魔物や盗賊から守ってくれるんだ」

 代わりにロハスが答えた。

「へええ」

 ハールーンは疑わしそうな目つきで通り過ぎていく自警団をじろじろと見る。


「タダで?」

「何でそこにこだわるんだよ、お前は」

 口を出すまいと思っていたが、ついツッコんでしまった。しまったとオウルは思ったが、もう遅い。

「大事なところだろ」

 ハールーンは意外に真面目な顔で答えた。

「僕は無償で働くってやつは信用できないと思ってる」


「大神殿の直属だってロハスが言ったろ。神殿からいろいろ金が出るんだよ」

 仕方なくオウルは答えた。

「そうなんだろ、クサレ神官」

「さあ。知りませんが」

 話を振られたアベルはきょとんとした顔をした。

「自警団というものは、身を削って神殿と信者のために働いて下さる敬虔な方々なのだと思っておりましたが。違うのですか」


「そんなわけないじゃん。守ってもらったら普通に喜捨を要求されるよ」

 ロハスが呆れて言った。それを聞いて、

「ああ、そういうことかあ。だったら納得いった」

 ハールーンが妙に晴れ晴れした顔になる。


「用心棒を請け負うそこらのゴロツキと一緒だね。それならどこの通商路にもいるよ」

「ちょ、そんなこと大きな声で言わないで」

 ロハスはあわててハールーンの口を塞ごうとした。

「そんなことがあの人たちの耳に入ろうものなら、『大神殿の威光をバカにするのか』って因縁つけられるよ。そうしたら、何もしてもらってないのに喜捨を払わせられることになるんだから。口には気を付けてくれなくちゃあ」


 ハールーンは首をかしげる。

「それって、やっぱりゴロツキなんじゃ」

「黙ってハルちゃん。いや黙れハールーン」

 いつも温和なロハスが顔をしかめて低い声を出したので、砂漠生まれの暗殺者はぽかんとしておしゃべりをやめた。


「ロハス殿、そんなに警戒することはありませんぞ」

 代わりにアベルが能天気に言う。

「自警団の方々は、俗人であるとはいえ神のために命をささげようという気高い人々ですぞ。恐れる必要はありません」


 大神殿がこういう態度で、実態の把握もろくにしようとしないから自警団の中に増長する奴が出るのだよな。オウルは社会の仕組みを目の当たりにした気がした。

 確かに自警団の存在は大神殿付近の治安維持に役立っているし、彼らが戦ってくれるおかげで攻撃力の低いパーティも安心して通行することが出来る。

 しかしロハスが(過剰に)恐れているように、代償としてそれなりの喜捨を求められるのも事実なのだ。


「まあ、いいんじゃねえか。おかげでこの辺りでは比較的楽に旅が出来るんだし」

「だよねえ。自警団のおかげで内海のこっち側は景気がいいんだよなあ」

 オウルの言葉にロハスもうなずく。


 しかし、

「良くない」

 ティンラッドは憤然と言った。

「他人に出しゃばって来られたのでは落ち着いて戦えないじゃないか。どうしてそんな邪魔なことをするんだ」

 このような意見が出るのは想定内だったので、とりあえず全員が無視した。


 その中で、

「……ああ、自警団という問題があったな」

 バルガスが呟いた。

「どうしたの、バルガスさん」

 ロハスが尋ねると首を横に振り、

「いや。もう大神殿まで間近なのだと思ってな」

 不愛想に答えたきり、闇の魔術師は黙ってしまった。



 半日ほど進んだところで、

「しまった、これがあったか」

 一行は街道の途中で立ち止まった。


 道の先に白い天幕が設置されていた。その横には大神殿の紋章が描かれた大きな旗がいくつも掲げられている。自警団の兵士が旅人たちを一組ずつその中に招き入れている。順番待ちで、道には長い列が出来ていた。


「何? あれ」

 ハールーンが疑わしそうに眉間にしわを寄せる。

「関所だよ。大神殿が近くなってくると道に設けられてるんだ。盗賊団なんかが入り込まないように旅人を調べるんだが」

 オウルはため息をつきながら答えた。普通の旅であれば別段、それで困ることはない。時間も取られるし関銭も要求されるが、その分安全に旅が出来ているのだと思えば気にもならない。……ただし。

 彼は横目でハールーンとバルガスを眺める。今回の旅には、『普通』とは言えない人間が同行しているのだ。


「何だそれは。通行を止めて迷惑だな。私が行って話をつけてこようか」

 自警団に良い思いを抱いていないティンラッドは、関所という存在に更に憤った様子である。オウルはあわてて彼を止めた。

「やめてくれ船長。普通にしてれば害はないんだから、問題を起こさないでくれ」

「そうだよ。普通の人は関所があっても困らないんだよ。普通の人はね」

 同調したロハスも問題のありかに気付いているようだ。ものすごくバルガスとハールーンを見ている。


「何だよ。何で二人ともそんなに僕のことを見るの? 気持ち悪い」

 ハールーンが怯えた表情になった。

「お前を『見てる』わけじゃない」

 オウルは厳粛に言った。


「お前と先達を『睨んで』いるんだ」

「うん。オレもハルちゃんとバルガスさんを見てる」

 ロハスもうなずいた。

「どうするの、二人とも。関所って観相鏡でステイタスを見られるよ。闇の魔術師とか、魔物使いとか、丸出しで行くわけにいかないでしょ」


「何を心配なさっているのですかロハス殿、オウル殿」

 アベルが割り込んできた。二人はうんざりする。

「だから今ロハスが言っただろ」

「この人たちをどうしようかって話だよ」

 なぜそれが分からないのか。そう思って冷たくあしらったが、


「何をおっしゃっておられるのか分かりませんなあ」

 妙に堂々とアベルは言った。

「私は大神殿の三等神官ですぞ。自警団の方々は神官のパーティをいつでも最優先で通行させてくれるものです。まして大神殿の神官であればなおさら」


「そうか」

 ロハスがハッとした顔になる。

「見たことある。オレたちが何時間も並んでいる横を、神官のパーティが二言三言話しただけで悠々と通過して行った」


 言われてみれば、オウルも旅の途中で同じ光景を見たことがある。

 適性がなさ過ぎて忘れがちになるが、そう言えばアベルは神官だった。それも大神殿の神官だ。

 まさか、アベルが役に立つ局面が来るのか? わけの分からない幸運ではなく、純粋に神官として役に立つ時が?


「なるほど、確かにそうだな」

 バルガスが冷たく言った。

「ところでアベル君。大神殿で正式に任命された神官である証の金鎖は身に着けているかね」


「当然です」

 アベルは意気揚々と言った。

「あれは大神殿の神官にとって命より大切なものですからな。永遠に神の僕であることを表すものですから、外すことが出来ぬよう任命式の場で熱く溶けた金属で鎖を留めるのです。その時にうっかり動くと大火傷をします。ということですからもちろん、私のこの首にも」


 そう言って首のあたりを探ってからアベルは、『あれ?』という表情になった。

「言われてみればねえな」

「そうだね。見たことないよ」

 何だかないのが自然過ぎて気にしたこともなかったが、そう言えばない。


「おかしいですな。一度付けたらはずれるものではないのですが。奪われたりせぬよう神言で守られておりますし」

「それでも絶対ではないだろう」

「そう言われるとそうなのですが」

 アベルも渋々認める。呼び名は違うが神言とは結局、魔術の一種のようなものだ。他人がかけた術式を解呪する方法はいろいろあるし、金属を融解したり分解する呪文もある。


「アベル君は確か、旅の初めに博打で負けて身ぐるみをはがされたとか言っていたな」

「ああ。言ってた」

 バルガスの言葉にオウルも渋面で同意した。『そんな神官いるか』と最初に聞いた時から思ったが、実在するようである。残念ながら。


「その時に他の物と一緒に奪われたのではないかね。大神殿の神官の金鎖は純金だと聞いている。融かしてしまっても十分価値はあるだろう」

「借金のカタにはちょうどいいな」

「いくら負けてたかにもよるけど、おつりが来るだろうね」

「その時泥酔してたんでしょ、アベル。僕なら真っ先にそれをいただくね」

 ロハスとハールーンも話に入ってくる。


「な、なんと。では私の鎖は盗まれ融かされてしまったというのですか」

 アベルは驚愕した。

「何と罰当たりな。その者には神罰が下りますぞ」


 確かに罰当たりな話だとオウルは思った。だが、もっと罰当たりなのは鎖が盗まれてから一年以上もそのことに気付かずにいたアベル自身ではないのだろうか。

 そこについてはいったいどう思っているのか。疑問を持たずにいられなかった。



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