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最強船長、陸にあがって大暴れ  作者: 宮澤花
大神殿への道
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第33話:存在意義 -1-

 一日の航海が終わり、固い地面に足を着けると心底ホッとした。

 重症の船酔いにかかったハールーンは、死人のような顔でばたりと桟橋に倒れ込む。

「もう無理……ダメ……僕ここで船を降りる……歩いて大神殿に行く……」

 ダラダラと続くうわごとを聞きながら、横に座り込んだオウルも正直似たような気分だった。

 足の下から突然巨大魚や巨大蛇が襲いかかってくるような船の旅はもうこりごりだ。


「ダメだよ」

 その希望を無慈悲に打ち砕くロハス。

「だって、もう船賃をアンガスさんに払っちゃったんだもの。あの人、がめついから返してくれないよ。意地でも街まで船で行かないと」

 魔物が出た時はガタガタ震えていたくせに、どうしてこいつは金が絡むと無駄に根性を出すのか。オウルには理解しがたかった。


「そうだぞ。戦闘も出来たし楽しかったじゃないか。でも、あの蛇はもっと近くで見たかったなあ。明日、もう一度あそこに船を戻してもらおうか。アンガスに頼んでみよう」

 ティンラッドはまだ巨大蛇にこだわっている。

「それはもういい」

 パーティ(船長を除く)の心がひとつになった。



 安い船宿に一泊する。

 ティンラッドとアベルはさっそく酒場で酒を飲み始めた。

「あんなに揺られたのによくお酒なんか飲めるね。見るだけで気持ち悪い……。僕、やっぱりもう部屋に行って寝てくるよ」

 ハールーンは真っ青な顔をしてふらふらと酒場を横切っていく。


「夕食はどうするんだ」

「いらない……気が遠くなる……」

「ちゃんと食べないと力が出ないぞ」

「どうでもいい……明日も船だって考えただけで吐きそうになるから放っておいて……」

 幽霊のような足取りで出て行ってしまった。


「意外だね。ハルちゃん、繊細なところあるんだ」

「図太そうですのになあ」

 そう言いながら何事もなかったように肉を喰らっているロハスとアベル。お前らの方がよっぽど図太い、とオウルは思った。


 ハールーンほどではないがオウルも食欲がない。だが魔物が出た時に魔力を使い尽くしたので、何か食べておかないと明日動けなくなる。

 なるべくさっぱりしたものをと店主に注文し、野菜の煮込みを少しずつ胃に入れた。


「港町はきれいな女性が多いですなあ」

 ティンラッドのシタールに酒場の女が集まって来る。酔っぱらったアベルはにじり寄っておべっかを使い始めた。

 その気楽さにオウルはイラっとして口を出す。

「おいクサレ神官。前から思っていたんだが、神官なら酒はご法度じゃないのか。何で当たり前みたいにいつもいつも飲んでるんだよ」


「酒で身を清めているのですぞ。酒も神が作りたもうたもの、どうして禁じられる必要がありましょう」

 物は言いようだとオウルは思った。アベルは身を清めているというより、酒にどっぷり漬かっているように見えるが。


「大神殿でも裏でこっそり飲んでいる神官はたくさんいますぞ。表立って買い入れたりはしませんが」

 サラッと裏情報を開示する。

 そんなことを暴露してしまっていいのだろうか。オウルは心配になった。

 アベルが神殿に睨まれるのは自業自得だが、自分たちが巻き込まれるのはごめんだ。

 やはりこんな神官とは一刻も早く手を切ろう。そう改めて思った。


 その時、突然閃いた。『大神殿』という言葉が呼び水になったのかもしれない。

「そうだアベル。お前のあの術、船に使えないか?」

「あの術とは何でしょう。私が使うのはありがたい神言であり、あなた方魔術師の使う呪文などとは格が違う……」

「それはどうでもいい」

 オウルはアベルの言葉をぶった切った。

「魔物避けの術だよ。あれを使えば魔物に襲われなくて済むんじゃないか? どうだ、先達」


 隅っこで酒を飲んでいたバルガスを振り返る。闇の魔術師は頭巾の下で薄い唇を歪めた。

「さあ、どうだろうな。神殿の神言のことなど私が知る由もないがね」

 こいつはこいつで面倒くさいんだった。そう思ったが『アベルよりはマシ』と割り切るしかない。


「それはいいから。どうなんだよ本当のところ」

 返答を急かすとバルガスは黙り込んで、また酒を口にする。


「……推測でしかないのだが。あれは複数の地点に術を施し、つないだ範囲に球形の障壁を作るものだろう。ならば船体に術を施せば、印で結ばれた範囲は防護できるだろう。理論の上ではな」

「じゃあ船を守れるんだな?」

 イライラしながらオウルは聞き返した。気付いていたんならさっさと言えと思うが、『こちらが気付くまでは言わない』というのがバルガスが自身に課した決め事であるらしい。本当に面倒くさい。


 バルガスはさらに薄笑いを浮かべた。

「船は、な」

 意味ありげな言い方を訝しんでオウルが黙るとバルガスは、

「分からないのか」

 と蔑むように言った。


「あれは基本的に、建造物に印を描いて発動させる種類の術だ。印で囲った範囲しか守れない。そして流動する水に印を描いて定着させることは出来なかろう」

 オウルは眉根を寄せる。つまり船自体は守れる。だが。

「守れるのは船そのものだけ……周りの湖水には何の力も及ぼせない。魔物が間近まで迫って来るのはどうしようもねえってことか」


 オウルの言葉にバルガスはうなずいた。

「今日の魔物はずいぶん大きかったな。あの重量が近くに浮上して来たら、それだけで船が転覆することも有り得るだろう。君もそう思わないかね」


 冷たい目と口調は無視して、オウルは考えた。

 術に守られていたバルガスの故郷を思い出す。あの場所でも結界のすぐ外には魔物が生息していて、出会えば普通に襲ってきた。

 陸上では、結界を大きく描くことで村人たちを魔物の害から遠ざけることが出来た。しかし今回、それは出来ない。


「……それでも何もしないよりマシだ」

 オウルは結論に達した。

「球形ってことは頭上や船底も守れるんだろう。今日みたいに上から襲って来られるのや、下から船底を突き破られる心配をしなくていいだけでも楽になる。明日の朝、一番で術をかけさせよう」


 オウルは女性の近くでへらへらしているアベルのところに行き、後ろから頭を引っぱたいた。

「こらクサレ神官。明日は朝から働いてもらうから、飲んでないでとっとと寝ろ。失敗したら内海に叩き込むからな」


「何ですか、オウル殿」

 アベルは振り返って、恨めしそうにオウルをにらむ。

「安息の時間に仕事の話とは無粋ですぞ。休息の時間は休息に専念すべきです。仕事とはきっちり分けるべきではないですか」

「そういうことは仕事をしてから言えよ!」


 唯一の存在意義である魔物避けの術くらいしっかりとかけてほしい……そう思わずにいられないオウルだった。



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