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最強船長、陸にあがって大暴れ  作者: 宮澤花
大神殿への道
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第32話:内海を渡る -7-

 航海は進んでいく。一見平穏だが、その実そうでもない。

 船員だけでなく乗客も、常に水面や周囲に目を光らせて何か異状がないか気を配らなければならないのだ。全員が見張り役である。


 さっさと船室に引っ込んでしまったハールーンは実は要領がいいのかもしれない。オウルはそんな気がしてきた。アベルが様子を見に行ったところ、重症の船酔いで苦しんでいたらしいが。

「船室は狭くて空気がこもりますので、私まで具合が悪くなりそうでしたぞ」

 と言うアベルはおそらく戦線離脱を試みたのだろう。しかし船室にいるより甲板にいた方がまだマシだったようである。


「それにしても広いなあ」

 オウルは今さらながら内海の広さを実感した。船の左側にはずっと沿岸が見えているが、右側は遠くかすんで内海の果ては全く見えない。目指す街も、後にしてきたロハスの故郷もどちらも水平線の向こうだ。

「オウルはこの辺りの人なんでしょ。内海の広さなんか承知してたんじゃないの?」

「この辺りって言っても、俺が生まれたのはずっと山奥の方だよ。内海の噂はたくさん聞いたけど、実際に船で渡るのはこれが初めてだ」


「ふーん。まあ内海の周りもいろんな地方があるしね。南部と北部じゃいろいろ違うことも多いし」

 ロハスは割合あっさりと納得した。

「オレなんか波の音を聞きながら育ったから、それが当たり前に思っちゃうけど」

「お前の家は内海に近すぎだよ。普通、自分の家に船着き場はねえよ」

「それはそうなんだけどね」


 退屈しのぎにどうでもいい会話を続けていると、

「おや、あれは何ですかな」

 アベルが岸の方を眺めながら呟いた。

 物見遊山気分の抜けないアベルは、珍しい塔が見えたとか水辺に女性が立っていたとかで騒ぎ立てる。(無駄に視力は良い)

 そのため船員たちにも既に面倒がられていた。皆、いつ魔物が襲ってくるかと神経がすり減る思いをしているのだ。


「何か青い……いや赤い……」

 また女でも見付けたのかとオウルはげんなりする。

 建物が爪の先くらいの大きさに見える程度に岸から離れているのに、よく桟橋に女がいるとかいないとか見分けられるものだ。いっそ尊敬するべきかもしれない、絶対にしないが。


「ああ、三色ですな。茶色に赤と青。鮮やかな彩りの鳥ですな」

 そこでようやくオウルもおかしいと気付いた。

「鳥?」

 アベルが見ている方向に自分も目を向ける。そして驚愕した。


 天高く色鮮やかな巨鳥が飛んでいる。鋭くとがった嘴と鉤爪が光った。

 この船を狙っているのだと、考えるまでもなく皮膚で感じ取る。

「魔物だ! 上だ、来るぞ」

 オウルは叫んだ。ちょうどその時、鳥の体が陽光を遮った。船全体が影に覆われる。

 他の者たちも異変に気付いた。


 水中からの攻撃を警戒し過ぎて、上への注意がおろそかになっていた。

 そんな中でなぜアベル一人が空を見ていたのか謎だが、もうアベルだからで全部説明がつく気もする。


 というかせっかく一人だけ空を見ていて魔物にも気付いていたのに、どうしてこんなに役に立たないのか。それもアベルだからで説明がつく気もするが、そんな説明つかない方がずっとマシだった。

 ……と、いまいましく思ったのも一瞬のこと。


「ロハス、網を出せ。なるべく大きいやつだ、すぐに!」

 オウルは怒鳴っていた。天空からは鳥がまっすぐに船に向け降ってくる。時間の猶予はない。重量と共に落下してくる嘴は、巨大なツルハシのように船を打ち割ってしまうだろう。


 今回ばかりはロハスの動きも早かった。

「こ、これ! これでいい?!」

 収納袋からはやたらに大きくて重そうな網が取り出される。オウルはうなずいた。既に呪文の予備動作には入っている。


「吹き飛ばされねえようつかまってろ! スクローストベトラ・アクサ!」

 甲板に風が渦巻く。たちまちそれは強さを増した。

 ロハスの手を離れた網が舞い上がる。空中で広がりながら、帆柱のてっぺんより高く飛んでいく。オウルがホッとしたことに、網は船のかなりの部分を覆うくらいの大きさがあった。


 目の前に出現した障害物に、驚いた魔鳥は羽ばたいて空中で一瞬静止する。

 それで十分だった。オウルが起こした風は収まっていき、巨大な網はばさりと落ちて帆柱ごと船を覆った。


 何ごとも起きないと気付いた魔物は再び舞い上がり、勢いをつけて襲い掛かってくる。

「ひええええ、お助けえええ」

 ロハスが情けない叫び声を上げた。


 だが魔物の嘴は船にかぶさった網に絡みとられ、甲板に届くことなく止まってしまう。

 思わぬ異物に阻まれた魔鳥は怒って奇声を上げた。

 間近で発せられた大音量に、甲板の人間はみな耳をふさぐ。


「さて、とりあえずの攻撃はオウル君が防いでくれたわけだが」

 羽ばたきの音と舞い散る羽毛の中で、バルガスが低く言った。

「次はどうするつもりかね。この状況では、網を傷つけずには風の呪文も炎の呪文も使えないのだが」


「それはダメ」

 ロハスが反射的に答えた。

「あっ。でも、そうしないとあの鳥そのままなのか。だけど網も大事な商品だし……」

 悩んでいるようだ。


「あのなあ。毎度言ってるが、命と網とどっちが大切なんだよ」

「商品は商人の命だよ。どっちも大切!」

 そこは悩まないのかとオウルは思った。


「ロハス君の言い分はよく分かった」

 バルガスはもったいぶってうなずく。

「場合によっては商人としての命のために、肉体の命を犠牲にすることもやぶさかではないのだな。立派なものだ、私には真似できん。……それはともかくとしてだ」

 この状況で厭味を言っている余裕があるのだから大したものであるとオウルは思った。自分には今それを指摘するだけの心の余裕がない。


「問題はあの網を使い物にならなくしてしまった場合、もう船には防御手段がなくなるということだ。一撃で敵を倒せればいいが、どれほど呪文の効果があるかは撃ってみなければ分からない。かといって攻撃しなければいつまでもあのままなわけだが」

 網に絡みとられたままバサバサと翼を打ち振っている魔物をバルガスは見上げる。


「さてどうするかね。無謀な賭けに出るか、決断しないままじりじりと全滅に向かうか。どちらにしても、この状況は詰んでいると思うのだが」

 そんなことを世間話みたいに言われても。

 オウルはつくづく嫌になった。


「とっさの時にそこまで考えてられるかよ。俺はもう出来ることをやったんだ、次どうするかは他の人間が考えてくれたっていいだろう」

「私では上手い知恵が浮かばなくてな。だからこうして相談を持ち掛けている」

「相談している態度に見えねえんだよ、あんたのしゃべり方はよ」

 そんな場合ではないと分かっているのだが、オウルはつい突っかかってしまう。


 その時、

「心配はいらないぞ!」

 高笑いと共に朗々とした声が響いた。見上げるといつの間に登ったのか、帆柱の上にティンラッドが立っている。右手に皓月を構えていた。


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