第32話:内海を渡る -3-
ひとしきり罵り合ってから、ようやくアンガスは話を聞いてくれた。
「分かった。こっちも商売だし『神の秤商会』なら上客だ。このバカを乗せるのは本意じゃねえが、金を払ってくれるなら我慢してやろう」
「偉そうだなあ」
「偉そうなのはお前だ。乗せてもらう立場で偉そうなこと抜かすんじゃねえよ。お前を乗せるのは嫌だが、それで船が出せるんなら仕方ないから乗せてってやるって言ってんだ。船乗りは船を出してなんぼだからな」
「それはそうだな」
ティンラッドもうなずいている。やっぱりこの二人は同類なのだとオウルはまたしても思った。
「で、金の話なんだが。いくら払う?」
「はいはい、それはオレがさせていただきますよ。船長どいて」
ロハスが出てきてティンラッドを押しのけ、アンガスの前に座る。アンガスは顔をしかめた。
「どうしてお前みたいなバカの、『魔王を倒す』なんてクソみたいな目的について行こうってヤツがいるんだろうな。どうやってこんなイカれたヤツらを見付けてくるんだよ。こっちは船員を見付けるのに苦労してるってのに」
「別に。私が声をかけるとみんな喜んでついて来てくれるぞ」
自信満々で返答したティンラッドに、オウルは思わずツッコんでしまった。
「俺は喜んでついて来た覚えはないぞ。あんた、断るって選択肢を認めてくれないだけじゃねえかよ」
そこだけは譲れない。
アンガスが嬉しそうに含み笑いした。
「そうだろうそうだろう、こいつは外道だろう。どうだ兄ちゃん、こんなヤツ見捨てて俺の船に来ねえか? 人手が足りねえんだ、歓迎するぜ」
「あっズルいぞ。私の仲間を勝手に勧誘するな」
「いや……悪いが、俺は船のことはさっぱり分からねえし」
別にティンラッドの元にいたいわけでも何でもないが、アンガスのところに行っても五十歩百歩なのは見えている。というわけできっぱりと断っておく。
「何だ使えねえな」
案の定、アンガスは露骨に舌打ちした。それから表情を変えて、
「まあいいや。魔術師なら攻撃呪文のひとつも使えるだろ。それで十分だ。こっちへ来いよ」
しつこく勧誘してくる。よっぽど人手が足りないらしいと思ったが、オウルは沈黙するしかなかった。
「あのさ、オウルは『攻撃呪文が使えない魔術師』なんですよ。だけどうちでは重宝してるんだ。だから引き抜くのはやめてくださいね」
ロハスが余計なことを言った。
「はあ? 攻撃呪文が使えない魔術師? 何でそんな役立たずを仲間に入れてるんだよ」
はっきり言われてオウルは結構傷付いた。
「いやいや、そう切り捨ててしまうのは甘いですねアンガスさん。オウルはいると便利なんですよ」
「うん。便利だな」
そして自分をかばっているらしい仲間たちの言葉がいっそう心に突き刺さる。なぜなのだろうと考えるまでもなく、『便利に使われているということはつまり自分一人が損を被っているということ』だという結論にたどり着いた。
「どう便利なんだよ」
アンガスが軽蔑した表情でロハスに言い返している。
「攻撃呪文の使えない魔術師なんて、どう考えてもお荷物だろうが」
「アンガスさんはオウルを連れて行っちゃおうとするから、これ以上は教えられません」
「うん。教えてやれないな」
うなずきあう商人と船長。
「何か腹立つな。だいたいお前は何なんだ」
アンガスに睨まれたロハスはにっこり笑う。
「オレ? オレはロハス、ティンラッド船長のパーティの商人です。生まれも育ちもこの街のちゃきちゃきのタイザっ子です。支払いのことはオレに相談してください」
「何で戦闘要員じゃねえんだよ! お前んとこのパーティはどうなってんだ。バカのやることは分からねえな」
全くだ、とオウルは思った。
「……いや」
何かに気付いたようにアンガスがつぶやく。
「海にいた時も、ティンラッドはやたらに変な船員を連れていたな。帆柱へし折り女もそうだが、他の連中もおかしなのばっかりだった。あんた、そんなナリして実は戦闘にも長けているとかか?」
たずねられたロハスは首を横に振る。
「いえ、オレは金勘定専門です。戦闘はさっぱり」
「何の役に立つんだよ!」
「だから金勘定」
『自分はちゃんと役に立つ』という信念に満ちた顔でアンガスを見返すロハスだが、オウルはどっちかというとアンガスのツッコミに賛成だった。
「分かった。パーティの他のヤツはマトモなんだな。そうとでも思わねえとこっちの気がおかしくならあ」
ため息をついてアンガスは、何とか話を進めようとする。
「で、何人乗せるんだ」
「オレたちを入れて六人ですね」
「構成は?」
「船長と、オレと、オウルと、後は……えーと神官が一人」
「神官か。まあ必要な人材だな」
「それと……魔術師がもう一人」
「ああ、そいつが攻撃呪文使いでこっちの兄ちゃんは補助呪文使いかなんかか。だったら話は分かるぜ、何だ、案外まともなパーティじゃねえか」
担当は確かにそうなのだが、その実全くまともなパーティではない。どこをとってもまともな部分はない。だがアベルを見たことのない人に、アベルの実態を説明しても理解してもらえるとは思えない。そしてバルガスのことは口に出せない。黙っているしかない。
「で、あと一人は」
「あと一人は……」
と言って、ロハスは助けを求めるようにオウルとティンラッドを見た。
「ねえ。ハルちゃんって何の担当?」
さすがに『魔物使い』とは言えないので困ってしまったらしい。
「うーん。そうだなあ」
ティンラッドも首をひねる。
「ハールーンは強いだろう」
「いや強いけどあいつは微妙枠だろ」
戦闘員と言い切るには何かが違う。そう思うオウルである。
「あ。変態?」
これだと言うようにロハスが顔を輝かせるが、
「いやそれは職業じゃないだろう」
オウルは首を横に振らざるを得なかった。
「あー……暗殺?」
懸命に考えたが、
「それも堂々と名乗る職業じゃない気が」
ロハスにツッコみ返されてしまった。オウルは面倒くさくなった。
「じゃあもういいよ、変態で」
ロハスはうなずいて、アンガスに視線を戻す。
「暗殺者のような商人のような、何ていうか変態の人です」
「何だよそいつは! 何の役に立ってるんだよ!」
アンガスが叫んだのは、まあ仕方がないと言えば仕方がない。
「何の……? ねえ船長、オウル。ハルちゃんって何の役に立ってるんだろう?」
途方にくれた様子のロハス。
「役に立ってないわけじゃないが、かける迷惑の方が圧倒的に多いな」
冷静に考えてそう言わざるを得ないと思うオウル。ティンラッドは不思議そうに首をかしげて、
「いいじゃないか。面白いから」
と言い放った。もちろんアンガスのツッコミが入る。
「お前らのパーティはどういう基準で人間を選んでるんだよ」
「決まってるじゃないか」
ティンラッドは『何を当然のことを』と言うようにきっぱり答えた。
「私が一緒に旅をして面白いと思うかどうかだぞ」
「だからお前のとこの乗組員はいつもおかしなヤツばっかりなのか。バカが選び抜いたバカだからあんなヤツばっかりなのか。ふざけんな、お前なんか船長やめちまえ!」
アンガスは昔のティンラッドの乗組員とやらを思い出したのか腹を立てて怒鳴り散らしたが。
『バカに選び抜かれたバカ』認定されたオウルは、大変不快な思いをした。