第4話:氷の洞窟 -1-
温かい食事と酒、やわらかな寝台での休息。どれも旅に疲れたふたりにありがたいものだった。オウルはその夜、夢も見ずに眠った。
翌日になって朝食をとりに行く時に隣りの扉を開けてティンラッドの様子を見ると、船長は寝床から半分はみ出して高いびきで眠っていた。面倒なのでわざわざ起こさないことに決める。オウルはひとりで酒場を兼ねた食堂に行った。
そこではロハスがもう忙しそうに何やら立ち働いている。宿の主人に朝食を頼むと、雪グマの肉の燻製と野菜の汁物が出てきた。
「何だ、野菜あるじゃないか」
つい呟くと、耳ざとくそれを聞きつけたロハスが寄ってくる。
「自然にあるわけがないでしょう。今、この町でこういうものが食べられるのはね、何を隠そうこのオレの先見の明があったからなわけよ」
うっとうしいと思ったが、少し興味が出て、
「へえ。そりゃどういうこった」
と聞いてしまう。
「夏に雪が、それも膝より高く積もった時点でオレは思ったね。これは秋の収穫は期待できないと。その時点で町を出ることが出来ないっていうのもわかってたから、オレは町長さんに直談判に行ったわけよ。手を打たないと大変なことになりますよって」
「あんたの自慢話はいい。何をやったかだけ教えろ」
「何だよ、付き合いが悪いなあ」
ロハスは不満そうだったが、手柄を聞いてくれる相手がほしいらしく話は続けた。
「つまりね。町長さんの家には大きな温室があるのよ。これしかないと思ってね、そこを使いなさいと話したわけだよ。幸いその時点ではまだ土は凍ってなかったから雪をかき分けて土を掘り出して、町の人を総動員して温室に運んでもらった。そこでこのオレが、商売のため持っていた野菜の種をすべて提供したわけですよ!」
得意満面である。
「この町の人たちが今もおいしい野菜とイモを食べられるのも、全てはこのオレのおかげ! このオレがいなかったら、今頃この町は飢え死にする人であふれていたかもしれないのよ。というわけでオレは町の恩人として、この宿屋にタダで泊めてもらっているのでした」
「あー。成程」
オウルはうなずいた。
この男が宿の主人の言い値をそのまま払っているとは、とても思えなかったのだ。からくりを聞いて納得した。自分たちの宿代も持つとか豪語していたが、それもあやしいと思う。『町の恩人』であることを盾にしてタダにさせている可能性が十分にある。
「今日は準備に充てるから。魔術師さんと船長さんはゆっくり休んで英気を養ってよ」
とロハスは言った。
「準備ねえ。あんた、どうやってその猛吹雪をやり過ごすつもりなんだ」
「簡単だよ。とにかく必要なのは雪に負けない装備だろ。大丈夫、町長に話してきたから、町中のいいアイテムを提供してもらえるよ」
得意げに言った。
その口調が、大変アヤシイとオウルは思う。
「町を救うから」
とか言って、タダで供出させるのでは、と思えてならない。
それはつまり。洞窟攻略に失敗したからと言って、おめおめとこの町に逃げ帰るのは許されないということだ。
わざわざ危険に飛び込みたがる船長と、自分で自分の退路を塞いでいい気になっている商人。
なんでこんな連中と、魔物だらけの洞窟に向かわなくてはならないのか。
オウルは、重い荷物が背中に乗っているような気分になって、大きくため息をついた。