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最強船長、陸にあがって大暴れ  作者: 宮澤花
大神殿への道
222/309

第31話:岸辺の街 -1-

 街道を進むごとに緑が多くなっていった。行き交う人も増えていく。

 この辺りでは砂漠やソエルより街と街が近接しているので、危険を承知で商売のため行き来する者が多いのだとロハスは説明した。


 道の横に並んで流れる河の水量が増し、川幅が広がり対岸が遠くなる。やがて大きな街が見えて来た。

「オレの故郷だよ」

 ロハスが懐かしそうに言った。

「潮の香りがする」

 ティンラッドは目を閉じてつぶやく。


「内海はすぐそこだからね」

「海じゃないのか」

「塩湖だから似た香りがするんじゃないかな。オレには懐かしいけどね」

 説明するロハスは空を見上げて感慨深げな表情をした。



 街の入り口には、他の街と同じく雇われた戦士が立っている。  

 だが役人がロハスを見るとすぐに招き入れられた。

「噂は聞いてたよ。帰ってきて何よりだ」

 無事を確かめるようにぽんぽん肩を叩かれている。

「ありがとう」

 ロハスも嬉しそうだ。故郷に温かく迎えられるというのはこういう状態なんだろうなとオウルは思った。


 挨拶が終わると一行は街に入る。

 通りを歩いて行くと、

「あの店は何ですかな。いい匂いがしますぞ」

 一軒の店を指差してアベルが鼻をひくつかせた。


「河ガニでしょ。この辺りの名物だよ」

「それ美味しいの? 僕食べたことない」

「私もないですぞ。しかし噂には聞いたことがあるような」

「小さくて安いのはそれなり。大きくて高いのはかなり美味い……だったんだけど。今はあんまり獲れないから、価格は跳ね上がってるよ」


「獲れないんですか」

「うん。魔物しか出なくなっちゃったから。食べられるけど、魔ガニ」

「魔ガニ」

「うん、魔ガニ」

「食いたくないな」


 店を横目で見て通り過ぎながらオウルは呟いた。捕らえた魔物を食べたり加工したりするのも今では日常とはいえ、やはり魔物と言われると抵抗がある。わざわざ大金を積んでまで食べる気にはなれない。

「せっかく草原地方を訪れたのに名物が食べられないとは……おのれ魔物。やはり魔物時代は終わらせるべきですな」

 そしてアベルが何だか分からない理由で怒りに燃えている。


「うーん」

 腕組みをして何か考えていたティンラッドが口を開いた。

「川辺に行って探してみようか」

「何をだよ」

「カニ」

「何でわざわざ魔物を探しに行かなきゃならねえんだよ」

「カニはうまいぞ」

 船長は船長で相変わらずだし。と思うと頭が痛いオウルだった。


「しょうがないなあ」

 ロハスはため息をついた。

「分かった、早くオレんちに行こう。ばあちゃんが好きでよく焼いてくれたからさ、オレが帰ってきたら姉ちゃんが少しはカニを都合してくれるかも。オレんち卸値で買えるから少しは安く済むだろうし」


「おお、さすがロハス殿。素晴らしいお考えですな!」

「卸値っていうのはいいよね」

 アベルとハールーンは気楽だが、オウルは気になった。

「いいのか?」

 ロハスの傍に行って小声で聞いてみる。


「うん。家なら卸値で食べられるのに店でぼったくりの高値を払って食べるとか許せないし、だからってカニ食べるのだけが目的で魔物と戦うのもイヤだし」

 ロハスはあっさり言った。

「それに、ここまで来て素通りってわけにもやっぱり行かないし。もうオレが帰って来てるのバレてるだろうしさあ。ちゃんと挨拶しないとね」

 それでもその表情はいつもより曇っているような気がオウルにはした。


「ところで、お前の実家の屋号って何ていうんだ」

 話を変えるようにそう聞いてみる。

「うちの店? 『跳ねるニシン』だけど。オレのひいひいじいちゃんは内海でニシンを獲る漁師だったんだけど、ある日船を出している時に思ったんだって。この船で対岸に荷物や人を運んでやれば、お金ががっぽがっぽもうかるんじゃないかって。で、その通りにしたらもうかったという由緒正しい屋号なんだよ」

 オウルは聞かなければ良かったと思った。商売の内容が微妙にけちくさいところなどいかにもロハスの先祖という感じである。


「まあそういうわけで、魔物時代になってから輸送業が出来なくなったのはうち的に大打撃だったんだよねえ」

「分かる分かる。交通の阻害は商売の敵だよね」

「船が出せないのは良くないな」

 オアシス都市の商売人と船乗りが相槌を打つ。魔物と一緒になって積極的に交通を阻害していたヤツが混じっているのだが……というところにはもう面倒くさいのでツッコまない。ツッコんでいたらキリがない。


 それでもつい気になって確認してしまった。

「祈祷書に天秤の印じゃないんだな?」

「うちは元気よく跳ねているニシンの印だよ。祈祷書に天秤は、姉ちゃんが婿を取った内海の向こう岸の『神の秤商会』の印だよ。……まあうちはもう買収されちゃって『神の秤商会』の傘下なわけだけど。それがどうかした? よく知ってたね」


「いや、ガキの頃に見かけた印を思い出してな」

「そう言えばオウルもこの辺の出身だったっけ。でもうちの印を知らなくて、『神の秤商会』を知ってるんなら、オウルって内海の向こう側の方の人なんだね。あっちの商売はもともと神殿関係への金貸しだから、秤の印なんだけどさあ……」


 ぺらぺらとしゃべり続けているロハスの横で、オウルは外套の頭巾を引っ張ってそれを目深にかぶった。

「どうされたのですかなオウル殿」

 アベルが目ざとく見つけて声をかけてくる。

「西日がきつくてな。潮風と一緒になって目に刺さるんだ」

 と返事をしておいた。


 通りを更に進むうち、潮の香りが強くなってくる。家と家の隙間からきらめく湖面が垣間見えるようになった頃、

「ここ、ここ」

 ロハスが一軒の大きな商家の前で足を止めた。

 建物は古く、戸口の横には年代を経た真鍮製の看板掛けがある。そこに掛けられた『祈祷書に天秤』の看板だけが新しかった。


「おーい。オレだよー。ただいまー」

 ロハスは戸を開けて気安げに声をかける。街に着くまでは逡巡していたのが嘘のようだなとオウルは思った。

「ロハス坊ちゃま。お近くまで戻ってらっしゃると噂に聞いてお待ちしておりました」

 奥から出て来た初老の男が、ロハスを見て相好を崩した。

「砂漠を渡って行かれたと聞いて心配しておりましたよ。ご無事で何よりです」


「坊ちゃまか……」

 オウルはつい口許を歪めてしまう。ロハスは耳ざとく振り返って、

「そう。オレ、可愛がられて何不自由なく育てられたお坊ちゃんなの。言われてみれば育ちの良さがそこはかとなくにじみ出てるでしょ?」

 と臆面もなく言い切った。


「いいお店だよね」

 ハールーンが優し気な笑顔を浮かべてうなずく。

「まあ、僕の生まれた館に比べたら……ああ、何でもないけれど」

「ゴミ館の出身者は黙ってろ」

 オウルはハールーンの足を蹴飛ばした。


「義兄さんと姉ちゃんは?」

 ロハスは番頭らしき男にたずねた。初老の男は少し顔を曇らせる。

「実はその……お嬢様ご夫婦は、ひと月前に対岸のルザの街へお引越しなさったのです。スガス様が、あちらの方が治安がいいからと。今は私どもがこのお店を預かっております」

「ああそう。前に来た時もそんなこと言ってたもんね。そうかあ、姉ちゃんたち引っ越しちゃったかあ」

 ロハスはニコニコしながらうなずいた。何でもなさそうな様子だったが、ほんの少し寂しさが漂っているようでもあった。


「セリア、大きくなった?」

「それはもう。愛らしく美しくお育ちでございます」

「女性のお名前ですな。失礼ですがセリア殿とおっしゃるのはロハス殿とはどういうご関係の方でしょうか」

 アベルが図々しく会話に割って入る。

「あー。姪っ子。可愛いよ。二歳」

「二歳……」

「二歳」


 アベルがガッカリして引っ込んだところで、番頭は不思議そうにロハスの後ろに立つ面々を見た。

「ところでロハス坊ちゃま。こちらの皆様は」

「今、一緒に旅してるパーティの仲間。急で悪いんだけど、この人たちも泊めてくれるかなあ。目を離すと何をするか分からないからさ。ああ寝床とかは気にしなくて大丈夫、食事と酒だけ与えておけば土間とかで適当に寝るから」

「おい」

 オウルはついツッコんでしまった。


「え? 誰も気にしないでしょそういうの」

「気にする。俺は気にするぞ」

「僕もやわらかくて暖かい寝床が欲しいな。育ちがいいから汚い場所じゃ眠れなくて」

「ゴミ館の出身者は黙ってろ」


「そうですか。ロハス坊ちゃまがパーティのお仲間をお連れになるのは初めてですな」

 番頭は嬉しそうに目を細めてから、一転して表情を翳らせた。

「しかしてっきりいつもの通りお一人でおいでになるものと……何とか伝手を頼って魔ガニを仕入れておいたのですが、この人数では量が……」

「カニ」

 その一言にティンラッドが反応した。

「私はカニが食べたい。ないのか、カニ」


「は、はあ。この地方の名物だったカニも、魔物時代になってからは高騰しておりまして……あの、坊ちゃま、この方は」

 背の高いティンラッドにきつく睨まれて、たじたじとなった番頭はロハスに助けを求める。

「ああ、その人。とりあえず船長って呼んでやって。あとあんまり真剣に相手しない方がいいから」

「はあ……」

 番頭は困ったように『坊ちゃま』とティンラッドを見比べている。マトモな人間なら戸惑って当然だとオウルは思った。


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