第30話:オアシスをたどって -5-
三つ目の街に近付く頃には街道沿いの村も増え、すれ違うパーティの数も多くなる。大体が護衛を引き連れた隊商だ。
「ロハスじゃないか」
行き合った隊商の一人がロハスに気づいて声をかけた。
「ずいぶん顔を見なかったな。カディスの隊商について行ったきり消息を聞かないから心配していたぞ。あいつらはどうした、別れたのか?」
「あー……その」
ロハスは歯切れの悪く言って、ハールーンに恨みがましい目を向けた。
「いろいろあって、あのパーティは砂漠で全滅して」
ロハスが属していたパーティが全滅したのは、元をただせば(たださなくても)ハールーンのせいである。
しかしロハスとしては自分だけ生き残ったのが後ろめたいのであろう。
仲間が全滅した後に残された商品を自分の懐に入れたのだから、後ろめたくて当然だとオウルは思った。
「そうか。しかしお前が無事で良かったよ、カディスは無茶をする男だったからな。パーティには私の昔馴染みもいたから止めたんだが」
幸い、元のパーティの主宰者の評判も芳しからなかったようでロハスが責められることはなかった。
「この時節、無事に砂漠越えをした隊商の話など聞かないからなあ」
「えーと、まあ。でももしかしたらこれからは少しはマシになるかもしんない」
ロハスはハールーンを横目で見ながら言う。砂漠越えの道に最大の難所を作っていた張本人は、退屈そうに大あくびをしていた。
「そうだといいがなあ」
「昔はよかった。砂漠を越えてソエルまで行けばひと財産作れたものさ」
ロハスはまだおどおどしながらも砂漠を往復した話を(角の立たない範囲で)したり、最終的にはソエルで仕入れて来た品を広げて取引をしたりした。
そして、
「山回りの道も開けたのか。それは朗報だ」
山岳地帯の麓を縫って西方に出る道筋を塞いでいた砦の話が出ると、商人たちは一様に喜んだ。
砦を占拠して旅人の往来を妨げていた本人は、商人たちの話など興味がない様子で二冊の魔術書を読み比べながら帳面に何やらしきりに書きつけていた。
このパーティには本当にロクなヤツがいない。人間的にも、経歴的にも。
オウルはまたしてもそう強く思った。
「いや、山周りの道にはまだいくつも難所があるからなあ」
「確かにすごい魔物の話も聞くな」
またすぐにしょんぼりする商人たちの話に、
「すごい魔物とはどんな魔物だ。ぜひその話を聞かせてくれ」
今度はティンラッドが食いつく。
千尋の崖から舞い降りて人をさらっていく怪鳥の話や、火を噴く巨竜の話を聞いてティンラッドはううむとうなる。
「失敗したかなあ。砂漠じゃなくて、そっちの道を行けばよかった」
「アンタが砂漠越えがいいって言ったんだよ。それを忘れるなよ」
オウルはしっかりとくぎを刺した。もう一度ソエルに戻ってやり直したいなどと言い出されてはたまらない。
「まあまあ、船長殿もオウル殿も落ち着いて。そんな話は信憑性が欠けますぞ。ちょっとした話に尾ひれがついて伝わっているのでしょう」
何故か偉そうにしゃしゃり出てくるアベル。
「この私は山周りの道でソエルに入りましたが、そんな恐ろしい魔物になど出会いませんでしたからな」
アベルは胸を叩いて言うが、信憑性がないのはコイツの存在だとオウルは思った。
西の大神殿から東のソエルまで、ろくに魔物に遭いもせずたどり着く。どんな悪魔が憑いていればそんなことが可能になるのか。有り得ないことこの上ない。
別れ際、互いの無事を祈るまじないを交わし合いながら商人たちはたずねた。
「カディスとの契約で借金は返し終わったんだろう? これからどうするんだ。姉さんのところへ帰るのか?」
「あー」
ロハスは困ったように笑った。
「まだ決めてない……。その、今はこの人たちと旅することにしたんで」
ティンラッドの肩を叩く。
「会いに行ってやれよ、姉さんが寂しがるぞ。今度の旅に出る前に顔を出したが、元気にやっていたよ。……ああ、でも」
情報をくれた男は何かを思い出そうとするように眉根を寄せる。
「もしかしたら内海を越えて旦那の故郷に移るかもしれないと言っていたな。子供を育てるのに、あちらの街の方が安心だからとか」
「そうですか。ありがとう」
愛想笑いで応えたロハスからは、何の感情も読み取れなかった。
「オレの実家、内海のほとりのタイザって街にあるんだ。船着き場もあって、結構繁盛してるところでさ」
その後、質問攻めにあったロハスは仕方なさそうに白状した。
ロハスと案外出身地が近かったことにオウルは衝撃を受けた。正直とてもイヤな感じがした。
「そこそこ大きな商売をしてた家でね。けど魔物が現れるようになって、どの道沿いでも商品が期待通りに手に入らなくなって。いろいろ手を広げてただけにうまく行かなくなっちゃってね。再起を賭けてお金をかき集めて出した船が内海で魔物に沈められて、親父はひっくり返って死んじゃった。借金ばかりがいっぱい残ってねえ」
困ったように黒い髪をかき上げる。
「一番上の姉ちゃんが、内海の向こうで大きな商売をしている家の息子を婿にとって何とか店を残した。他のきょうだいも嫁に行けるヤツは嫁に行って、オレたち男は小さな商いをして少しずつ借金を返して……ってやってたんだけど」
砂漠越えの隊商に参加したのは、破格の前金が受け取れたからだそうである。
「ほら、さっきも言ってたけど今時どの道を通ってもソエルとの交易なんか出来ないじゃん? カディスっていうその時の隊長は、だからこそやる価値があるんだよって言ってたけど。みんな道中の危難に怯えて参加を渋ったから、前金がすごく高くなってたわけ」
それがあれば実家の借金のかなりの部分を払うことが出来、なおかつロハスの手元にも小商いをするための資金がいくらかは残る。だから参加を決めたということだった。
なるほど、とオウルは思う。かねがね、臆病で戦闘も嫌いなロハスがどうして砂漠越えの冒険に参加したのか不思議に思っていたのだ。
「そんな事情があったのか」
「うん。珍しくもない話だけど」
頭をかくロハスに、
「しかし、おかしいではないですか」
何故かアベルが文句をつける。
「今のお話ですと、ロハス殿はご実家の借財を清算するのに大きな役割を果たされたはず。ならば堂々と帰省なされば良いではないですか。それなのにロハス殿は気が進まれないご様子。しかも道筋にご自宅があることを隠していらっしゃった。何やら秘密のニオイがしますぞぉ?」
じろじろロハスを睨む。
「そもそもどうして、オウル殿もロハス殿もご自分の故郷に近付いていることを隠すのです。パーティの中で隠し事はよくありませんぞ」
「いや、俺はただ内海に近付いているってことに気が付かなかっただけだがよ。住んでた人間からすれば砂漠なんてはるか彼方のものだと思ってたしな」
オウルは弁解しながらロハスを見る。
今回はアベルの言うことに理がある。普段のロハスなら、オウルが故郷の話をした時に話題にしそうなものだ。黙っていたのは何かあやしい。
……それから、期待満々という顔のアベルを見て思った。
きっと、いや間違いなく、そこそこの商家であるというロハスの実家でのご馳走を期待しているに違いない。ロハスが黙って通り過ぎたら饗応が受けられなくなる。それが不満なのだろう。
こんなのを引き連れていくことになるなら自分だって全力で実家の存在を隠す、とオウルは思った。
「いやあ。そうなんだけど」
ロハスは困ったように笑った。
「何だか姉ちゃんには会いづらくてね。親父が死んだ時、姉ちゃんには結婚を約束した恋人がいたんだよ。だけど借金を何とかするために、姉ちゃんはそいつと別れて違う男と結婚した。やっぱりさ、悪いことしたなって思うんだよねえ」
そう言うロハスの顔は笑っていたが、オウルには寂しげに見えた。
「とはいえ、近くを通ったら顔出さないわけにはいかないかー。うん、もうあちこちで知り合いに顔見られちゃったからなー。この辺に来てるのは知ってるだろうなー」
腕を組み悩むロハス。
それを聞きつけ、
「それは良いことです。姉君もきっとご心配なさっているでしょう、ロハス殿が顔を見せれば喜ばれますぞ」
「そうだね。僕たちも商人さん……ロハス……のお姉さんにちゃんとあいさつしなきゃね?」
にっこりといい笑顔を浮かべるアベルとハールーン。
その顔に『ご馳走と良い寝床確定』と書いてある気がして、オウルはまた頭痛がしてきた。