第30話:オアシスをたどって -4-
草原にもやはり魔物は出る。むしろ砂漠より数も種類も豊富だ。草原悍馬の群れや緑色の巨大なウワバミ、深い穴を掘るアリジゴクの怪物はティンラッドを上機嫌にさせた。
「オウル……ってさあ……」
馬に揺られながらハールーンがぼやく。
「僕のことキライでしょ? 何かにつけて僕のことをグチグチグチグチ」
「俺はただ平穏無事な旅をしたいだけなんだよ」
オウルはうんざりして言った。キライかと言われれば、ハールーンのこういう陰性の性格がキライであるが。
「平穏無事な旅か」
後方でバルガスがせせら笑う。
「あの船長が頭領である以上無理な話ではないかね」
「ハルちゃんあのね」
ラクダには終始苦戦していたロハスだが、馬相手ならそうでもない。するすると乗馬をハールーンの近くに寄せた。
「オウルは苦労性で世話焼きなだけなんだよ。文句は多いけど、任せとけば大概何でもやってくれるから。便利だよ」
「おい」
オウルはロハスを睨んだ。
「何だそれ。お前、俺を何だと思ってるんだ」
「え? だからちょっとグチグチうるさいけど、いろいろやってくれて便利だなって」
「便利って何だ便利って! 俺一人にやらせてねえでお前らも働けよ。先達も後ろで笑ってるんじゃねえ」
そう言っている間に、先を進んでいたアベルがフラフラと横道に逸れていく。
「ああ、もう!」
オウルは舌打ちした。
「捕まえてくるからお前ら先に行ってろ。船長をむやみやたらに戦闘させるんじゃねえぞ」
走り去っていく後ろ姿を見送ってロハスが、
「便利だね」
としみじみ言う。
「ああ、オウルがいると便利だな」
ティンラッドも同意した。
「……よく分かんない」
ハールーンはぼんやりと呟いた。
「このパーティってもしかして、普通じゃないんじゃないの」
「えっ気付いたの今?! 嘘でしょ」
ロハスにまともに返され、ハールーンは愕然とした。
「ちょっと、嘘でしょ? 冗談だったんだけど」
「こっちがビックリだよ。普通、船長に会った時点で気付くよね? せめてアベルの存在を知った時に何か感じなかった?」
言い合う二人に、
「理解してやりたまえロハス君」
バルガスが人の悪い笑みを浮かべながら声をかける。
「ハールーン君は十年以上の間、姉君と二人きりで暮らしてきたのだ。世の常識が分からなくても仕方がない。普通のパーティとそうでないパーティの区別などつかないだろうさ」
理由は分からないながらもバカにされたと感じて、ハールーンは細い眉を一直線にする。だがそこでティンラッドが、
「普通とか普通でないとか、あまり考えなくてもいいんじゃないかなあ。私は私が一緒に旅をしたいと思った人間に声をかけているだけだぞ」
とのんびりした調子で言ったので、怒りだすきっかけをはずされた。
「まあみんな好きにすればいい」
ティンラッドはぽくぽくと馬を歩かせながら言う。
「旅なんて誰かに強制されてやるものでもない。それぞれが自分の行きたい道を進めばいいんだ」
「船長は気楽だな」
バルガスは冷たく肩をすくめる。
「たいていの人間はなかなかそういう風には生きられない。だからこそ居場所を求めて彷徨って右往左往もする。だが……そうだな、一つだけは同意しよう。パーティが普通であろうがそうでなかろうが、そこは大した問題ではない。ハールーン君」
黒い目に穿つように見つめられ、ハールーンは少し怯んだ。
「な、何」
「どんなパーティであろうが、やることは基本変わらない。それだけ心得ていれば、こういう種類のパーティにいても別段困ることはない」
「こういう種類って」
「どんな種類だよ」
ロハスとハールーンがツッコむが、バルガスは意に介さない。
「その辺りを一番分かっているのがオウル君だ。普段はともかく、戦闘時は彼の指示に従った方がいい。生き延びたければな」
口の端を吊り上げて嗤う。
「何で。船長は。そういうのって船長の仕事でしょ」
「コレが他人の動きに合わせて戦うような男か」
バルガスは嘲笑した。
「こちらが合わせてやらなければ、この男は他人とは戦えんよ。だからオウル君が必要なのだが、そこを理解しないならこの先パーティで君が邪魔になる」
「戦闘もみんな好きなようにやればいいんじゃないかなあ」
ティンラッドが空気を読まない発言をしたが、皆から無視された。
「とりあえずオウル君をあまり馬鹿にしない方がいい」
バルガスはハールーンから目を逸らした。
「彼の真価は戦闘時に発揮される。今までの道のりでそれに気付けなかったと言うなら、君は自分の経験不足を恥じるべきだな」
叩きつけるように言われ魔物使い更にムッとしたが、咄嗟に言い返すことが出来なかった。
「戻ってきたようだな」
バルガスの黒い目が後方に向けられる。
アベルの馬を引きずるようにしながら並走してくるオウルの姿がそこに映っていた。