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最強船長、陸にあがって大暴れ  作者: 宮澤花
大神殿への道
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第30話:オアシスをたどって -2-

 砂漠と草原の間にははっきりした境界があるわけではない。

 荒涼とした風景に時折ぽつんと立つ樹影を見かけることが多くなる。目にする緑が増えていく。足元を舞う砂埃が少なくなっていく。そして気がついたら砂漠ではなく草原を歩いていた、という感じだった。

 とはいえ冬季で足元も枯草ばかりである。荒涼とした風景であることに変わりはない。


 それでも街道を歩いていると武装した隊商とすれ違うことも多くなった。砂漠を渡ってきたというと誰もが一様に驚いた。

「この季節に砂漠渡りをする馬鹿がいるのか」

「雨の降る季節になら、行くヤツはいるがなあ」

 口をそろえてそう言われる。


「ああ、やっぱり。実は僕もずっとそう思ってた」

 としれっとして言うハールーンを憎たらしいと思いながら、オウルはロハスをにらんだ。

「ほら、商売を成功させるには他の人がやらないことをしないと。ね?」

 砂漠越えを大丈夫だと言い切った張本人は早口で弁解する。


「他人がやらなきゃいいってもんじゃねえだろうがよ。人がやらねえのはやらねえだけのわけがあるんだよ、そこを考えてみたことはあるのか」

「オレも砂漠を越えてるのはまだ二度目だったから。まさか冬場と夏場であれほど条件が違うとはねえ」

「それと言っておくが、俺たちは別に商売をするために旅をしているわけじゃないからな?」


 オウルが低い声で念を押すとロハスは驚いたように目を見開いて、

「オレは商売するために旅をしてるけど? 他に目的があるわけないでしょう」

 真顔で聞き返した。オウルは会話する気をなくした。

 ハールーンとかアベルとか、人間の言葉を解しても意思の疎通は全くできない相手ばかりがパーティに増えていく昨今。そのためロハスがマトモに思えることもあったのだが。

 あくまで比較の上の話であって、所詮ロハスもこういうヤツなのだった。



 オアシス都市にたどり着くたび、商売人二人は物資の補給と手持ちの商品の売買に忙しい。

 ラクダを売り払い馬と交換する。

「いい馬と替えてよね」

 ハールーンが馬商に厳しく言う。

「ダントンの太守のラクダなんだから。ダントンまで届ければそれなりに褒美がもらえると思うよ。叔父上はケチな人じゃないからね」


「ダントンってどこだ」

 若い馬商が首をかしげる。

「砂漠の果てだよ」

 年よりの馬商がまじまじと一行を見る。

「あんたたち砂漠を越えて来たのかね。この季節に?」

 またしても馬鹿にされた。というか本気にされていない感じもする。


「とにかくいい馬をお願いしますよ」

 何か言い返そうとしたハールーンを押しのけ、ロハスが愛想よく言う。

「ラクダの血統は保証しますって。ダントンの話も本当ですよ」

 話の信憑性は落ちた気がするが取引は円滑に進んだようだ。



 その後は広場に陣取って店を出す。

「よし来たもう一声! さあ、この鍋が欲しい者は他にいないかい?」

 ロハスの声が景気よく響いたと思うと、その横ではハールーンが、

「何言ってるの、この布の価値が分からないの? だったら他の人と商売するからもう帰って。そんな安値で取引する気はないよ」

 ねちっこく値段の交渉をしている。放っておくと何時間でも道端に座り込んでそんなことをしているので、他の面々(主にオウル)が時折もう切り上げるようにと急かさなくてはならなかった。


「まったく、よくも飽きずにあんなことをやっていられるもんだな」

 オウルが日除けの被り物をはたきながら仲間の元に戻ると、バルガスが冷笑した。

「放っておいてやりたまえ。彼らにはあれが生きがいなのだろう」

「生きがいねえ」

 オウルは振り返ってもう一度ロハスたちを見る。彼には商売の何が面白いのかさっぱり分からない。


 自分も路傍で占いの店を出したことはあるが、それは糊口をしのぐためである。商売自体が楽しいと思ったことは一度もない。

「人それぞれというヤツだな」

 オウルの言葉を聞いてバルガスは気だるげにそう言う。

「塔に籠もって研究に明け暮れる我々も、彼らから見たら人生の無駄遣いをしているように思えるのだろうさ」

 そう言われるとそうかもしれない。オウルにとって魔術師の都での研鑽の日々は輝かしく懐かしいものであったが、ロハスやハールーンがそれをうらやましがるとは思えなかった。


「困ったものですな。私たちの使命は他にありますのに」

 アベルの声に振り向くと、大神殿の三等神官はティンラッドと共に街娼に取り囲まれて鼻の下を伸ばしていた。

「おいアンタ。何をやってるんだ」

 オウルは気色ばむが、アベルは涼しい顔だ。

「こちらのご婦人方に神のありがたい教えを授けに行くところです。神の使いとしての仕事はあらゆる場所にありますので」


「ふざけるな。待て、行くな」

 オウルはアベルの襟首を後ろから捕まえた。

「ああっ、何をなさるのです。私は決してやましい気持ちでは……ああっ船長が行ってしまいますぞ」

「船長は世慣れてる。適当に遊んでくるからいいんだよ。だけどアンタはダメだ」

「何故ですか」

 アベルは憤慨する。


「アンタは引き際を心得ねえからだよ! 金を全部使って、着るものまで代金に替えるまで遊ぶだろうが。下手すりゃこっちに迷惑がかかるんだ、そういうヤツは遊ばせられねえんだよ」

「失礼な。私はただ神の言葉をですな」

「前科があるんだよアンタは! そんな言葉信じられるか」


「ちょっとちょっと。道端で大声上げないでよ、みっともない」

 ロハスがやって来て二人を引き分け、人気のない路地に連れ込んだ。

「何。どうしたのさオウル、大声で」


「このクサレ神官が女遊びをしようとしやがったんだ」

 オウルは不機嫌に言う。

「失礼な。私はただ布教活動をですな」

 アベルの言葉が終わらないうちに、

「そんなのダメだよ。決まってるじゃん」

 ロハスがあっさりと断を下した。


「な、なぜです。船長がいいのになぜ私だけダメなのです」

 アベルはロハスに詰め寄る。やはり女遊びをする気は満々だったようだ。

「だって神官のアベルがそんなことしたら、ありがたみが薄れるじゃん。魔物封じをする時にお布施の額をふっかけられなくなるじゃん。だからダメ」


「なになに、お金の話?」

 そして呼んでもいないのにハールーンが首を突っ込んでくる。

 話を聞いて、

「ああ、それはダメだよ。生臭神官には誰も喜捨なんてしないもの」

 思慮深げに首を横に振った。しかし言っていることは要するに金が全てである。


 もしかしたら自分は仲間に優しすぎるのだろうか。

 そんな気がしてきてオウルは何だか情けなくなった。こんな奴らに同情する気持ちなど全くないはずなのだが。


「俺ももっと冷酷に生きてもいいのかもしれない……」

 思わず呟いた言葉をバルガスに聞かれていた。

 オウルはバツの悪い思いをした。


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