第29話:再び砂漠の旅 -8-
昼食を取った後、天候を見ながら小さな泉の傍でひと休みする。
水の補給、燻した毛皮の手入れとロハスは忙しそうだ。
「それではいきますぞ。気を楽にして、神の力を信じるのです」
その横で、アベルがハールーンを向かい合って座らせて何やらやっている。
「ちゃんと目をつぶって。手を合わせて。姿勢が悪いですぞ、きちんと信仰心を形に表さねば神の奇跡は受けられません。きちんとなさい」
「やってるよ」
ぶつぶつ言いながら祈祷の姿勢を取るハールーン。名家の子息だけあって、一応そういうことは叩き込まれているようだ。
「むむう。細かいことを言えばまだまだ不満はありますが、まあいいでしょう」
アベルは偉そうに言ってから、大げさに両手を挙げた。
「ではいきますぞ。パパルボン!」
あ。
とオウルが思っている間に、アベルの背後に巨大なルーレットが出現した。真面目に祈りの姿勢を取って目をつぶっているハールーンには見えていないだろうが、既にその数字がくるくると回り始めている。
ルーレットは『-2』のマスで静止した。
「痛っ?! あざになったところに痛みが! ていうか前よりずきずきし始めたんだけど!」
目を開けたハールーンの顔には、前よりもくっきりとした青あざが刻まれていた。
「おかしいですなあ」
アベルはあざをしげしげと見て首をかしげる。
「これもハールーン殿の日頃の信心が足りないからでしょうな。仕方ありませんなあ、特別に今日はもう一度やって上げましょう。さあ神に祈りを……」
「やめろ」
「やめて」
さすがにこれ以上はダメだろう。そう思ったオウルがアベルを止めるのと、ロハスがハールーンをかばったのが同時だった。
「お前の術に信心とか関係ねえだろうがクサレ神官。幸運値マイナス二百のヤツ相手に何やってんだよ。どう考えても倍倍で悪い目が出て行く未来しか見えねえよ」
「そうだよ。ハルちゃんから顔を取ったら、ずる賢いのとウザいのとしつこいのと気持ち悪いのしか残らないんだよ。せっかくの資産を台無しにしようとするなんて、それが神様の代理人のやることなの?!」
「ちょ、ちょっと待って」
オウルとロハスの剣幕にハールーンの方が困惑した様子だ。
「僕はこの人は神官さんだと思ってたんだけど。違うの?」
「違いませんな」
「違わないよ」
「残念ながらそうらしいぞ」
ハールーンはひどくなった青あざに手を当てながら、更に不可解そうな顔をする。
「もうひとつ聞いてもいいかな。神官さんの仕事って普通、人の病気やけがを治したりすることだよね?」
「当たり前ですぞ」
「そうなんだよねえ」
「一般的にはな」
「じゃあ最後にもう一個だけ聞く」
ハールーンはかなり不機嫌そうな表情になって言った。
「何で神官さんのおまじないを受けたら僕のケガがさらにひどくなったわけ? そしてなんでみんな、神官さんが僕を治療するのを止めるの。この人、ホントに神官さんなの?」
質問が一つではない上に話が戻ってしまっているが、ここは答えてやらないわけにもいくまい。
オウルとロハスは顔を見合わせ、うなずき合う。
「失礼な。何度も申しあげたとおり、私は大神殿の一等神官ソラベル様の特命を受け世界を救う旅に出た正式な三等神官ですぞ。それを疑うとは嘆かわしい」
アベルが憤慨して語りだしたが、オウルはそれを無視した。
「あのな。いい加減お前も分かるだろ。こいつは不真面目で生臭なクソ坊主だ。というか妖怪だ。てめえも悪党なんだから、信じていいヤツとダメなヤツの区別くらい付けろよ」
「そうだよ。ここだけの話、アベルの回復呪文はバルガスさんを一撃で倒す威力……。頼るのは、もう他に回復の方法がなくて何もしなかったら死ぬのを待つしかない時くらいにしておいた方がいいと思うよ」
そしてアベルの特殊スキル『ビックリドッキリルーレット』について二人で解説する。
「お二人とも失礼ですな、私の神言は大神殿で学んだ正統なものであり決してあやしいものではありません。ルーレットはちょっとした神様のお茶目です」
食って掛かるアベルと、
「私の名が聞こえたようだが。誰か呼んだかね?」
威圧的に冷笑するバルガス。
オウルとロハスは聞こえないふりをした。
「じゃあ今度こそホントに最後の質問だけど」
ハールーンは疑わし気に自分の横に立つ商人と魔術師を見比べた。
「何で二人とも、そんな大事なことあらかじめ教えてくれなかったわけ?!」
「自分で経験しねえと分からないだろ」
「一度体験してみないと信じられないでしょ」
二人の答えがかぶった。
「ということで、次から気をつけろ」
「薬草で治療するから動かないで。あ、薬草代は仲間でももらうから」
「このパーティって……」
ハールーンの目付きが冷たくなる。
「船長さん! 船長さん! この人たち、みんなヒドイんだけど!!」
最後の頼みとばかりにティンラッドを呼ぶハールーンに、
「船長なら寝ている」
バルガスが冷たく言った。
「ところでハールーン君。それは何だ」
「……え?」
その口調に今までとは違う厳しさを感じてハールーンは怯む。
「どうした先達。やけに険しい顔をして」
オウルも尋ねる。バルガスはそれに、黒檀の杖でハールーンの膝の上を指し示すことで答えた。
色鮮やかな青い胴着の上で、灰色の細長い生き物がくねくねと動いていた。
「うわっ、魔物?!」
「砂ヘビ?!」
蛇と言っても広げた手の平より少し長い程度。大きくなれば力も強く厄介な魔物になるが、この程度なら毒牙に気をつければさほど脅威ではない。
知らないうちに荷物に紛れ込んで噛まれたりすることがあるのに気をつければ良い……のだが。
「あ、大丈夫だよ。この子はまだ子供だし、僕に悪いことはしないから」
当たり前のように言って、ハールーンは蛇に左手を差し出しその指に絡ませた。
「昨日の魔物みたいに興奮してるわけじゃないし、こう言っちゃなんだけど脳みそも大したことないからね。同調するのも掌握するのも簡単だよ。知性っていうほどのものはないから、ハダルとやっていたみたいな派手なことは出来ないけどね」
そのまま腕を這わせていく。