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最強船長、陸にあがって大暴れ  作者: 宮澤花
大神殿への道
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第29話:再び砂漠の旅 -1-

 冬の砂漠を越えるのには長い時間がかかった。

 岩山と涸れた川筋だけを目印に砂に埋もれた道を黙々と歩く日々。魔磁針と地図を見比べ、方角を見失っていないか確認しながらゆっくりと進む。

 寒風と冷気はますますひどくなった。野営の際には靴を脱いで足が凍傷にならないよう時間をかけてさするのが全員の日課になった。

 突然襲いかかって来る雪嵐や魔物にも警戒しなくてはならない。辛い旅だった。


 新たに仲間に加わった地元民が少しは役に立つかと思えば、

「おい。この辺りに村があるって言ったよな?」

「廃墟しかないじゃん」

「ふむ。この壁の崩れ具合からすると放棄されて五十年は経っているな」

「井戸も涸れておりますぞ」

「魔物もいないじゃないか」

「えー……おかしいなあ。この地図には確かに村があるって描いてあるんだけど。まあ百五十年前のものだから仕方ないよね」

 と笑って済ませるいい加減さ。使えない。


 命が大事なら、やはり自分がしっかりするしか道はないのか。

 またしても暗澹たる思いに駆られるオウルだった。なお廃墟の村での感想に一人おかしなものがあったが、いちいちツッコまない。

 ツッコむ相手は一度に一人(心の中でも)。このパーティの連中と来たら、どいつもこいつも勝手なことしかしないのだ。一人一人にツッコみ始めたらキリがない。



 戦闘でも相変わらずである。

「ふざけんなバカ野郎、前に出て戦えよ!」

「えー……僕が得意なのは不意打ちの近接戦闘であって、正面から来る中距離の相手と戦う技なんかないし。だいたい、殺すのなら人間がいいよね。魔物とかさ、大きいし力強いし戦うの面倒くさい……」

 いや、むしろ悪化したかもしれない……と思うオウルである。

 せっかく戦闘よりのステイタスなのに戦いたがらない地元民。こんな奴が戦わなかったらいったい何の役に立つというのだろうか。


「そういう態度でどうやってステイタスを上げたんだよお前は」

 魔物と戦わなければステイタスは上がらないはずなのだ。

「知らない。僕、ステイタスとか計ったことなかったし」

「考えられる要因は、ハールーン君とあの魔物が同調状態だったことか」

 バルガスが眉根を寄せ考えながら言う。

「魔物が魔物を食べていたと言っていたな。それも戦闘と解釈すれば、パーティ戦闘で後衛や補助の要員もステイタスが上昇するのと同じ理屈で君の数値も上昇したのではないだろうか」


 しかしオウルはハールーンのステイタスよりもっと気になることを発見してしまった。

「ちょっと待て。何で先達もここにいるんだよ。今、魔物が出てるんだよ。戦闘中なんだよ」

「ああ。良いのではないかな別に」

「いや良くねえだろ、砂漠オオカミに襲われているんだぞ。戦える奴が戦わなくてどうするんだよ」


「別に良いだろう」

 バルガスは肩をすくめ、杖を一振りして襲い掛かって来た一頭の魔物を風で両断した。

「むしろ邪魔をするなと言われそうだからな」

「何言って……」

 言い返そうとしたオウルは、足元から聞こえて来たティンラッドの高笑いに気をくじかれた。


 視線を向ける。オウルたちのいる砂丘の下の辺りで、七頭の巨大な砂漠オオカミ(魔物)を一人で相手取っている彼らの船長の姿があった。生き生きした表情をしている。実に愉しそうだ。

 周りには既に三頭が倒れ伏していた。バルガスが倒した一頭を含めると十匹ほどの群れだったようだ。

「確かに助けは要らなさそうだね」

 ハールーンが退屈そうに言った。

「ねえ。あの人、いつもああなの?」


 オウルは苦虫を潰したような顔で黙り込み、バルガスは馬鹿にしたように鼻で嗤った。

「はははは、楽しいな! 戦いはこうでなければな!」

 とかいうティンラッドの大声が聞こえてくるが、オウルはもう無視することにした。

 血の臭いに魅かれて他の魔物が寄ってこないか、それだけに注意を向けることにする。近付いて来るオオカミは、先程のようにバルガスが撃退してくれるだろう。


「ちょっと、ちゃんと戦ってよみんな。非力なオレたちをちゃんと守って!」

「そうですぞ。怠け者には神罰が下りますぞ!」

 最後方から緊張感のない声が聞こえてきて、オウルは更にイラっとする。

 

 パーティの統率者たる自称船長が一人きりで前線を支えている現状。

 後衛でしたり顔をしている闇の魔術師(戦闘員)とやる気ゼロの暗殺者(戦闘員)。

 更にその後ろで、戦闘を完全に他人事と高みの見物をしている商人と妖怪。

 魔物に襲われているというのに、こんな状態でいいのだろうか。いや良くない。


 このパーティにはやはり問題しかない。心からそう思うオウルであった。

 しかし、そもそもこんなめちゃくちゃな人間ばかりをパーティに集めたのはティンラッドである。

 戦闘の出来る人間が少ないのもティンラッドのせいだし、やる気がない勝手な人間ばかりをパーティに入れたがるのもティンラッドである。


 ついでに言えば共に魔物に立ち向かおうという仲間に向かって、

『先に私が楽しんでいるんだから邪魔するな。君は他の魔物を見つけなさい』

 と、女郎屋で敵娼にしたい妓がかちあった時のようなセリフを吐いて追い払う馬鹿もティンラッドである。


 つまり、現在起きている問題の全ての元凶はティンラッドにある。

 そしてバルガスとハールーンの言うとおり本人は今、十分に楽しそうだ。

 だったらもうどうでもいいのではないか。オウルがカリカリしたり、このどうしようもないパーティを機能させようと思う必要もない。船長の好きなようにやらせておけばそれでいいじゃないか……と一瞬思ったが。


 正にその時、ティンラッドが二頭のオオカミに挟撃された。

 巨大な二つの咢が彼らの船長に迫る。唸り声と滴る唾液、鋭い牙。襲いかかってくるそれらのわずかな隙間をティンラッドはくぐり抜けた。片方の鼻先に刀を撃ち込み、もう一方のあご下を蹴り上げ、次の瞬間にはもう一頭のオオカミの背中に飛び乗る。


 どっちが魔物か分からないような曲芸めいた動きだったが、オウルは肝が冷えた。ティンラッドの上半身と下半身が食いちぎなかったことは奇跡以外の何でもない。

 本人は相変わらず危機感の感じられない声で、

「はははは、遅いぞ君たち。もっと本気でかかってこい!」

 とか馬鹿笑いしているが、笑っている場合では全くない。

 その瞬間にも複数の魔物が四方から彼を食い殺そうと狙いをつけているのだ。



 ティンラッドは馬鹿である。だが曲がりなりにもこのパーティの統率者である。

 そして紛れもなくパーティの最高戦力である。

 それを失ったらどうなるか。


 オウルは虚ろな目で周りの顔ぶれを見た。

 断言する。『団結してこの危地を乗り越えよう』などとまっとうなことを言うものは一人もいない。

 みんな勝手に逃げ出す。戦えるやつは自分しか守らない。戦えないやつも自分しか守らない。

 そしてみんなバラバラにこの砂漠で野垂れ死ぬ。

 いや約一名、人間離れした幸運値を持った妖怪だけはわけのわからない幸運を引き寄せて生き延びるのかもしれないが、それはそれでものすごくムカつく。



「先達!」

 彼はバルガスを呼んだ。闇の魔術師が大儀そうに彼の方に顔を向ける。

「もっと風を起こせ、魔物の周りに砂を巻きたてろ、目つぶしをして船長を援護するんだ! おい船長!」

 ティンラッドの方を向き、更に声を張り上げて怒鳴る。

「あんたはこっちを向くなよ。背中から風を受けておきゃ、敵より視界への影響は少ないだろう。必ず風を背負って戦えよ。それからごうつく商人とクサレ神官!」

 今度は後ろを向き、他人事という顔でのんきに見物している二人をにらみつける。

「ダラダラしてねえで、こっちに来て先達の周りに水をまけ! 先達が視界を失ったら船長を援護できねえだろ。戦いで役に立たないんだから、雑用くらいきちんとやれよ」


「加勢は必要ないぞ、オウル。今いいところなんだ」

「船長はああ言っているが? 私の魔力も無尽蔵ではなくてね」

「水の備蓄も無尽蔵じゃないよ。そもそも商品なんだけど水は!」

「私は大神殿の三等神官であり、権威ある使者として辺境に派遣された高貴な人間です。そのような雑用係扱いは心外ですぞ」


 全員から抗議が巻き起こったが、

「いい加減にしろ。こんなところで魔物に食われて全滅するのはゴメンだろうが。死にたくなかったら言うとおりにしろ!」

 もう一度怒鳴りつけると、みな仕方なさそうに動き出し始めた。



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