第28話:砂漠の向こうへ -4-
宝物の点検と値踏み、持っていく物と置いていく物の選別には一週間近くかかった。その間にバルガスも順調に回復し、短時間なら剣の鍛錬が出来るほどに回復した。
「大した回復力だな」
オウルが感心すると、
「鍛え方が違うのでね」
一蹴された。
街を発つ日の朝、全員は改めて噴水のある広場に集まった。作られた夢でしかない街だったが、陽光を反射してキラキラ輝く水だけは本物だった。
パルヴィーンとハールーンは黙って街を見回した。オウルの目には無残な廃墟しか映らないが、この二人はきっと違うものを見ているのだろう。旅人たちには幻影でしかなかったあの光景が、彼らの中には紛れもない本物としていつまでも生き続けるのかもしれない。
「……いいのか?」
オウルはたずねた。
「魔物避けの神言を使わなくて。アベルはいい加減な神官だが、神言の効果はどうやら本物っぽいぞ」
その説明にアベルが憤慨した。
「何と失礼な! オウル殿、神に仕える神官をバカになさると神罰が当たりますぞ!」
だがハールーンはただ黙って首を横に振った。
「いいんだ。姉さまと話し合って決めたから。それに」
青い瞳が寂しげに街を見回す。
「ここにはもう、守ってもらわなくちゃならないものなんてひとつも残っていない」
パルヴィーンがかがみこんで敷石に積もった白い砂をなでた。それはサラサラと細い指をすり抜けていく。
「いつか……この街にまた、人が集う日が来たら。人々の笑い声がこの広場に響く日が来たら」
声は冷たい風に乗り蒼穹へと消えていく。
その一瞬だけオウルは、この街に人があふれシタールの音が人々の哀歓を唄うそんな幻影を見た気がした。
次のオアシスに向かう。街から街をたどって草原へ抜けるまでの地図はハールーンが文書庫から出してきてくれた。
「この前の道と違うな」
方角を見て、オウルは眉間にしわを寄せる。
「ああ。この前は、みんな水路の魔物にやられちゃえばいいなって思ってたから」
ハールーンは笑顔で言った。
「水路を魔物が塞いでいるらしいっていうのは分かっていたんだけど。地の底まではハダルの力も通じなかったみたいで、おびき寄せることも出来ないし姉さまの傍を離れるわけにもいかないしで、困ってたんだ。ちょうどいい時に来てくれて助かったよね」
「それはどういう意味でだ。そして笑うところじゃねえだろよ」
オウルが睨んだが、ハールーンは涼しい顔だ。どう見ても、自分たちを危地に陥れたことを後悔しているようには見えない。
この男と波風立てずにやっていけるのだろうか。オウルは暗澹たる気分になった。
パルヴィーンと、まだ完調とはいかないバルガスがいるので行程はいつもよりゆっくりだった。砂嵐を避けながら、寒風の吹く白い砂漠を一行は古い街道を探しながら歩んでいった。
十日目に次の街が見えてきた。やはり白い壁が陽光を眩しく反射していた。
「この辺りでは、どの街も砂漠に埋もれる砂岩を使って建物を作るのです」
パルヴィーンが説明した。
「その岩が白いから晴れた日は街が輝いて見えるのです。……もっとも私たちも他の街を見るのは初めてなのですが」
姉弟は生まれ育ったオアシスを離れることなくこれまで育ってきたのだった。
街を囲む城壁の門の前で兵士に止められる。パルヴィーンが懐から出した紋章を見せると、すぐに態度が改まった。しばらく待つと大勢の宮臣たちが迎えに現れ、うやうやしい態度で一行を太守の館に導いた。
「やれやれ、また幻じゃないだろうな」
オウルはこっそり呟いた。
からくりは簡単なことで、この街の城主はハールーンたち姉弟の伯父にあたるそうなのだが。分かっていても前の街での苦い記憶がそう思わせずにいられない。背中の傷がまた疼く気がした。
太守は故郷を失った姪と甥を涙を流して迎え入れた。ハダルのことは語らず、ただ魔物に襲われ街が滅んだのだと二人は話した。旅人たちもそれに異論は差し挟まなかった。
全ては過ぎたことである。
咎を責め立てても誰一人、何一つ戻ってくるものはない。
哀れな姉弟は太守の庇護下に置かれ、旅人たちは恩人として手厚いもてなしを受けた。