第28話:砂漠の向こうへ -3-
食事の後、姉弟はそれぞれの寝室へ引き上げた。旅人たちは食堂の床で寝袋にくるまることを選んだ。理由はこれ以上掃除をしたくなかったからである。
オウルは寝ずにバルガスの看病をした。数時間おきに水とポーションを飲ませ、体も冷やさないように気を付けた。パルヴィーンが古びた絨毯や毛布を貸してくれたが、砂漠の中のオアシスの町は底冷えのする寒さだった。
翌朝にはバルガスは少し回復し、起き上がって自分で食事が取れるようになった。
彼の体調も加味し出発はしばらく延期する。その間に持ち上がったのが、ロハスとハールーンの間の論争だった。
「パーティは一蓮托生。旅する者の常識だよ」
ロハスはもったいぶって言うが。
「それは生きるための装備でしょ。もしそれ以上にしたって限界があるよ。何もかも共有なんて暴論だ」
ハールーンの意見も一理ある。
何が問題なのかと言うと、館に貯蔵された太守家代々の宝物の行方についてだった。
姉弟の間で話し合いが行われ、宝物は二人が等分に分けるということになったらしい。パルヴィーンの取り分については問題ない。それは彼女のものだ。
だがハールーンの持ち分について、ロハスが横槍を入れたのだ。
「旅をしている間に手に入れたモノなら分かるよ。でもこれは僕の先祖が集めた僕たちの一族に伝わる物じゃないか。びた一文だってあげないからね?!」
そう言い張るハールーンも坊ちゃん育ちのくせにがめつい……とは思うが。
「分かった。じゃあ、そういうことでもいいよ。それじゃ自分の物は自分で運んでね、ハールーン。ラクダの飼い葉も自分で調達してね。オレたちはオレたちでやっていくから」
にっこり笑って言うロハスも大人げないと思う。
「ラクダだって僕の家のものだよ!」
ハールーンは叫んだ。
「分かった。じゃあラクダは全部僕と姉さまが使うからアンタたちは自分の足で歩いて。砂漠で遭難しても知らないけど」
同じ論法で逆襲している。
コイツら一緒のパーティでやっていけるのか。それ以上に同じパーティの仲間だという認識はあるのか。オウルは聞いていて頭が痛くなった。
二人は喧々諤々と何時間も言い争い、結果。
ラクダはパーティの共有財産としてハールーンが提供する。飼い葉はロハスが負担する。
代々の宝物についてはハールーンの個人財産とする。それをロハスの『何でも収納袋』に入れてもらうにあたり、彼はロハスに毎月一定の管理料を支払う。更にパーティが金銭的に危地に陥った場合はハールーンは無利息で宝物を貸与する……そういうところで落ち着いたようだ。
「そうと決まったら宝物の目録を作らないと。商人さんにこっそり隠されでもしたら困るからね」
「オレも付き合うよ。宝物ひとつひとつについて査定して、適正な管理料を決めないといけないからね」
ぶつかる二人の視線の間に飛び散る火花。
やっぱり面倒くささが増した、とオウルは思った。
「姉さまも宝物庫に行こう。好きなものを取っていいよ、僕は姉さまの余りでいいから」
「そうはいかないわ。きちんと分けましょう」
「私もお供しますぞ。太守家の代々の宝物なら眼福でしょうから」
姉弟の語らいにしゃしゃり出るアベル。ハールーンはそれへ冷たい視線を向けた。
「いいけど。ネコババしたらこの街の法に従って罰を受けてもらうからね。神官様」
「か、神の忠実なしもべである私がネコババなど! ハールーン殿、それは侮辱ですぞ」
アベルは憤慨したが、坊ちゃんのくせに人を見る目があるとオウルは感心した。
というわけで、うるさい面子がまとめて宝物庫に向かったので母屋は静かになった。
ティンラッドは例によって高いびきで昼寝をしている。オウルはバルガスのために薬草を煎じた。
「具合はどうだ? 先達」
薬湯を渡す時に聞いてみる。バルガスは口許をほんのわずか歪めた。
「良くはないな。……世話になったようだな」
「まったくだ。迷惑もいいとこだぜ」
オウルは毒づく。だがバルガスは黙ってゆっくりと薬湯を口に含んだ。言い合いをする体力もない様子だ。
「なあ。それはやっぱりあの術の反動なのか?」
返答はない。オウルは苛立った。
「あの術は何なんだ。何であんな無茶をする。そもそも、どうしてあんな術を編み出したんだ。アンタはいったい何を目指している?」
黒い瞳が無感情にオウルを見返した。
「……あの時はああしなければ全員が魔物の波に飲み込まれていた」
そう言われてオウルは返答に詰まる。確かに、バルガスが身を呈して魔物をせき止めてくれたからこそ全員が無事で朝を迎えることが出来たのだ。
「けど……っ」
オウルは言い募った。
「俺の質問に答えてねえよ。あんな術を編み出していったい何に使う気なんだ。アンタが闇の魔術師と名乗っていることと関係があるのか?!」
バルガスは薄く笑った。
「アレは外法だ。あんな外法を行う者は闇の魔術師とでも名乗るより他はないさ」
それきり彼はもう返答しようとしなかった。