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第28話:砂漠の向こうへ -2-

 片付けが一段落すると、厨房をロハスに任せてオウルはバルガスの元に行った。

 バルガスはこのバカ騒ぎに参加していない。戦闘が終わり魔法陣の作用を停めると同時に、彼はその場に崩れ落ちた。

 ティンラッドがかついで建物の中に入れたが、今も毛布にくるまったまま灰色の顔をして横たわっている。意識もぼんやりしているようだ。


 オウルは頭を少し持ち上げ、半開きの口に水と強壮薬を流し込んだ。治療は神殿の神官が専門とするところで、オウルには通り一遍の知識しかない。だが今のバルガスの状態が魔力と体力の極端な消耗にあることは彼でも想像できた。

「何、熱くなってんだよ……」

 呟いてバルガスの額の汗を拭く。背後で衣擦れの音がした。


「その方はお加減が悪いのですか。神官様をお呼びしてきた方がよろしいでしょうか」

 先ほどまで館の惨状に茫然としていたパルヴィーンだった。オウルは彼女を見上げる。

「やめてください、命にかかわる。アイツを呼ぶのは本当にヤバい時でいいです」

 幸いアベルは目先の宮殿(という名の廃屋)滞在に目がくらみ、バルガスのことは忘れ果てている様子である。薄情な話だが、この間に少しでもバルガスの体力の回復をはかっておくべきだろうとオウルは思っていた。この状態でアベルのルーレット・マイナスなど食らってしまったら本当に洒落にならない。


 パルヴィーンは怪訝そうな顔をした。

「はあ。あの……それでよろしいのでしょうか」

「いいんです」

 オウルは素っ気なく言った。

「こんなところに来なくてもいいですよ。食堂でのんびり食事が出来るのを待っていて下さい。大したものは出ませんがね」

 パルヴィーンはさらに複雑な表情になった。ここは彼女の家なのだ。本来なら自分が客を饗応すべき側である。


「あの……申し訳ありません。いろいろご迷惑をおかけしてしまって」

「別にアンタのせいじゃないでしょう」

 あのバカ弟のせいだと思ったが、それも失礼だろうからやめておいた。

 しばらく待ったがパルヴィーンは食堂に戻る気配を見せない。


「何か用でも?」

 鬱陶しくなってオウルはかなりつっけんどんに聞いた。彼女を見つけてアベルがやってきたりしたら大惨事になる。

「いえ……」

 パルヴィーンは困ったような顔になる。

「その、今は……弟と顔を合わせているのは少し気まずくて……」

 うつむくと、やわらかな金色の髪がそれに合わせて垂れた。

「弟も皆さまの前では陽気にふるまっていますが、内心ではきっと……。元々、気持ちに弱いところのある子なので……」


 ああ、とオウルは思った。

 ハールーンが図々しいのでこんなものかと思っていたが。やはりたった二人の生き残りである姉弟の感情には微妙なしこりがあるのだろう。

「あの」

 パルヴィーンは意を決したように、小さな拳を握りしめた。

「あの……大丈夫なのでしょうか。弟を皆さまにお任せしてしまって……」


 それはどっちの意味なのだろう、とオウルは思った。

 危険な旅路を征く変人ばかりのパーティに弟を預けてしまって大丈夫かという意味か。

 ど変人の弟を預けられた自分たちが大丈夫か、という意味か。

 オウルとしては後の方を採用したい気分だったが、やはりそうハッキリ言うのは失礼だろうと思い口に出すのはやめておく。


「まあ、何とかなるでしょうよ。多分」

 どちらにせよ元々変なヤツしかいない。もう一人くらい変なヤツが加わっても大して変わらないだろう。

 それは気休め程度の言葉だったが、パルヴィーンは目に見えてホッとした表情になった。

「ありがとうございます。あの……どうかハールーンをよろしくお願いします。世間知らずの子ですから、きっとご迷惑をおかけすると思いますが」


「迷惑ね」

 さすがに、今度は思わず口に出てしまった。正直、既に迷惑という言葉では済まない大きさの迷惑をどっぷりかけられている気がする。

「……なら、こちらも聞かせていただきますがね、太守どの。そんなに心配なら、アレをアンタの手元にとどめておこうとは思わないんですか? アンタが残れと言えばお坊ちゃんは迷うと思いますがね」


 その言葉にパルヴィーンは虚を突かれたように青い目を見開き。

 それから、ゆっくりとそれを伏せた。

「……多分、私たちはこれ以上一緒にいない方がいいのですわ」

 少し淋し気に彼女は低い声で言った。

「これからは別々にそれぞれの道を行く……きっと、その方がいいのでしょう。あの子もそれが分かっているのだと思います」

 深いため息。


 オウルはその背後、埃だらけの廊下のずっと先に、彼女によく似たほっそりした影を一瞬見たような気がした。だがそれはすぐに暗がりに紛れてしまったので、それ以上詮索しなかった。


 

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