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第28話:砂漠の向こうへ -1-

 その夜は太守の館に泊まった。内部は埃だらけであちこちに蜘蛛の巣も張っていた。

「こんなだったなんて」

 客が何かを言う前に、パルヴィーンがぽかんと口を開けた。

「大丈夫だよ姉さま」

 ハールーンが笑顔を浮かべた。

「姉さまの部屋だけは僕が毎日心を込めて掃除しているから。食堂も、姉さまが座るところだけは掃除してあるからね」


「何ソレ」

 ロハスが眉をひそめた。

「気持ち悪」

「気持ち悪いな」

「気持ち悪いですな」

 ティンラッドとアベルも同意した。口には出さなかったがオウルも同じ思いだった。


 食堂の大きな卓の上には美しい布がかけられていたが、ここもやはり埃が厚く積もっていた。様々な美しいクッションで居心地よくしつらえられたパルヴィーンの椅子の周りだけは申告通り綺麗だった。

「ちょ、汚っ! ひどっ! ダメだ、オレ繊細だからこんなところで食事できない……先に掃除しよう」

 ロハスが見ただけで悲鳴を上げた。

「外の方がマシですな」

 アベルも珍しく自分から掃除道具を手にする。


「そんな……。みんな神経質だなあ、貧乏な旅人のくせに」

 ハールーンは細い眉を軽く寄せる。

「大丈夫だよ。僕たち、毎日ここで食事しているんだから」

「その神経がおかしいんだよっ!」

 オウルとロハスの声がそろった。


 いかん。オウルは思う。この坊ちゃん、いろいろ感覚がオカシイ。さすがティンラッドに選ばれただけのことはある。

「こんなことになっていたなんて……」

 パルヴィーンは一人、食堂の隅でうちしおれていた。


「思い出してみるとバルガスさんのアジトはきれいだったよね」

「きれいでしたな。独身男のねぐらのくせに」

 そして大変失礼な品評を本人の目の前でするロハスとアベル。ここに比べれば自分の下宿だって綺麗だったとオウルは思う。というか、平気で生活していたハールーンが変すぎる。


「だって仕方ないでしょう。操っているといっても所詮魔物なんだから、細かい仕事は出来ないし」

 みんなに責められハールーンは不服そうに言う。

「イヤお前が掃除しろよ」

「嫌だよ。姉さまのためだったら何でもするけど、何で僕がそんな面倒くさいこと」

 その姉さまが完全に打ちひしがれている様子は目に入っていないらしい。


 ある程度きれいになったところで台所に移る。もちろんこちらもひどい有様なので、更に掃除の時間が続く。

「こんなきれいな館に客として招き入れられて掃除三昧とは……誰が一体予想し得たでしょうか」

 アベルが心底落胆した様子で言う。

「汚い……このまな板、いつ洗ったのよ。包丁にも何かこびりついてるし……」

 ロハスは辟易した表情で調理器具を見た。

「さすがのオレでもこれは転売できないや。捨てるしかないな」

 そういう彼はいかにも残念そうだった。ロハスにすら売れないものがあるという事実にオウルは戦慄した。


 食糧庫にあった食材は付近でとれる自然の果物だけだった。気が向いた時には湖で魚を獲ってくるらしいが、今はそれもなかった。旅人から食材を奪い取ることもあったらしいが。

「奪い取ってないよ。ちゃんと交渉したよ」

 ハールーンは言い張った。

 最終的に記憶を操作してしまうのだからどうとでも出来るというものだろう。全く信用できないとオウルは思った。


 結局、ロハスとオウルが自分たちの食材を使っていつもの雑な煮込み料理を。それと、この地方の新鮮な果物という献立になった。

「何か……お城に招かれている感が微塵もしない……」

「現実を見ろ。ここは立派な館なんかじゃねえ、ただの廃屋だ」

 慨嘆するロハスにオウルがツッコミを入れる。

「前向きに考えよう。砂漠で野宿するよりは壁があるだけマシだ。天幕の設営もしなくていいし」

「その分、掃除に労力を使ったけどね。天幕を立てた方が楽だった気がするくらい」


「人の家に上がってきてひどい言い草だなあ」

 ハールーンが不満そうに言うが。

「廃屋にしたのはお前だよ!」

 オウルとロハスの声がそろった。

「もうちょっと何とかならなかったかなあ。全体は無理でもせめて普段暮らす部屋くらい」

「あと台所な」

「え……。面倒くさい……。掃除とか使用人の仕事だから僕はやったことなかったし……」

 

 まったく責任を感じていないとしか思われない言い草。ああ、これは話しても無駄な人間だなとオウルは思った。ティンラッドやロハスやアベルやバルガスと付き合ってきたことで、同種の人間に対して嗅覚がきくようになっている。

 そんな能力要らなかったが。オウルは心の底から思った。

 つまりまた一人、パーティには話の通じないヤツが加わった。そういうことのようだ。


 その横で。

「こんなところで何年も暮らしていたなんて……」

 パルヴィーンが地味に打ちひしがれていた。両親の死を聞かされた時より絶望が深そうだった。



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