第3話:雪と氷の町 -5-
「で。それが俺たちと、どうつながる」
オウルが睨み付けるのを、ロハスはへらっとした笑顔で受け流した。
「ここから先は、聞いたら聞き逃げは許さないよ。必ず話に乗ってもらう。その覚悟があるかな」
オウルは黙り込む。横のティンラッドを見る。
ティンラッドは、酒を飲むことに没頭していて話を聞いているのかもあやしい様子だった。
「聞き逃げは許さないって言うけどな。アンタ、ただの商人だろう。どうやってそれを強制する? 俺たちが話を聞いてくだらない、と一笑すればそれで済む話に思えるがな」
ロハスは、ふふふん、と笑った。
「商人には商人なりの武器があるのよ。いいか。この話、受けてくれればこの町にいる間の滞在費用、全部オレが持つ」
うっ、とオウルは言葉に詰まった。
それは、かなり魅力的な条件だ。
さっきはああ言ったが、吹雪の中、積もった雪に掘った雪洞で何日も過ごす……というのは、かなり体に悪そう、というより命がけな気がする。
「まあ、度胸がないならこの話はここまでだ。もちろん、約束だからこの酒はおごるよ。後は、町長の家に行くなり、他の人に頼み込んで泊めてもらうなりご自由に。雪を掘ってそこで暮らすのは、あんまりお勧めできないなあ。危険だと思うよ」
オウルは返事が出来ない。
確かに魅力的だが。彼の一存で承知できる範囲を超えている。
ティンラッドは? と、横目でもう一度船長を見るが。
彼の船長は、眠そうな顔でひたすら酒を飲んでいる。明らかに話を聞いていない。
「あ、情報なら有料で流してあげるよ。そうだな、今、売れるのは」
グラスを片手に、ロハスは考え込む。
それから指を一本ずつ立てて数え上げる。
「一つ、この町の売れ線商品情報。これは三百ニクルってとこだな。
二つ、魔術師タラバラン師の研究内容に関する噂。これは百五十ニクル。
そして、これが極秘の目玉情報なんだが」
声を潜める。
つられて、オウルも身を乗り出した。
「三つ目、この町一番の色っぽ美人、マリアンナちゃん(十五歳)の嬉し恥ずかし秘密情報。これを十シル(千ニクル)でどうだ!」
「どうでもいい。心の底から、どうでもいい」
ガックリして、オウルは首を横に振った。
「売れ線商品情報も、どこぞの小娘の秘密とやらも興味ない。タラバラン師の研究内容だって、どうせ根も葉もない一般人の憶測だろうが。魔術師の都で師とまで呼ばれた人が、そう簡単に研究内容を漏らすかよ」
「何だよ、その態度。どれも、オレがこの四か月、寝る間も惜しんで集めた情報なんだぞ」
「ウルサイ、黙れ。だいたい、その値段設定がどれもぼったくり感満載なんだよ」
このやりとりで、オウルは相手を信用できないと判断した。
あやしげな商品を扱い、愛想の良い笑顔でぼったくりの値段を設定し。隙のある相手からは、最後の一ニクルまでかっぱぎにかかる悪徳商人。
それが、この手の人間だ。
「話はここまでだ。いい酒をごちそうさん。ほら、船長いくぜ。身の振り方を考えなきゃ」
眠りかけているティンラッドを突っつく。
「あらま。話は聞かないで行っちゃうの」
「アンタの話なんか、聞く価値はないよ」
立ち上がる。
ロハスはため息をついた。
「やれやれ。せっかく生きのいい冒険者が飛び込んできたと思ったのに、ビビリのヘタレか。おごり損だったな。オレの人を見る目もこの雪で錆びついたか」
ぬかせ、とオウルは言い返そうとしたが、その瞬間。
ウトウトしていたティンラッドの目が、ぱっちりと開いた。
「聞き捨てならないな。誰がビビリで、ヘタレだって?」
はっきりした口調で、ロハスに食って掛かる。
ロハスは肩をすくめた。
「アンタたち。まあ、いいよ。オレの話を聞く度胸もない人たちには、どうせ洞窟に巣食う魔物を退治するなんて無理だろうし」
「魔物?」
そのティンラッドの声を聞いた時。
オウルは、とても厭な予感がした。
なぜなら、ティンラッドはすごく……嬉しそうだったからだ。
「それは、強いのか」
「強いだろうね。誰も挑んだ者がいないから分からないけど」
「分かった。乗ろう」
一瞬の躊躇いもなく。
オウルが止める暇もなく。
ティンラッドはそう、力強く言い切った。
「え?」
言われたロハスの方も目を白黒させている。
「ちょ、ちょっと待った船長」
あわててオウルが間に入った。
「アンタは聞いてなかったから知らないだろうけど、こいつ、話を聞いたら問答無用で乗れなんて無茶言ってるんだ。危なすぎるぜ」
「だから、乗ると言っている」
ティンラッドは無造作に言った。
「話を聞いたから乗るんじゃない。乗るから話を聞かせろ、と私が言ってるんだ」
「え? あれ?」
オウルも目を丸くした。
そういえば、そうだ。いつの間にか、主客が転倒している。
「けどよ、船長。こいつの話はアヤシイって」
なおも言いつのるオウルに、ティンラッドは言った。
「オウル。私も話は聞いていたぞ。魔物が出るんだろう? だったら、それを倒しに行くのが筋だろう」
整った顔立ちが、笑みを浮かべる。
「私たちの目的は、魔王を倒すことなのだからな。それらしいものがいるなら、行くのが当然だ」
そう、言い切られてしまっては。
オウルにはもう、返す言葉はなかった。
そのとおり。彼らの目的は魔王を倒すこと。
であれば、強い魔物がいると聞けばそれに向かっていかざるを得ない。残念ながら。
オウルは今さらながら、こんな厄介ごとに巻き込まれた自分の運命を心から呪った。