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第27話:夢の終わり -10-

「終わりの日はあっさりと訪れたよ。ある日、魔物討伐に行った父さまが帰って来なかった。血まみれになった家臣が、魔物の大群に騎士団が全滅させられたと聞かされた。悲しむ暇もなく城壁に魔物が群れていることを知らされ、母さまはそれに対処するために陣頭に立った。僕と姉さまは抱きあってただ震えていた……」


 ハールーンは静かに続けた。

 彼は多分、アベルに向かって話しているのではなく。

 他の誰に聞かせているわけでもなく。

 ただ、自分のために語っているのだろう。

 そんな風にオウルは思った。


「館の中からどんどん人がいなくなって行った。街で上がる叫び声が館の奥まで聞こえた。……もしかしたら館のすぐ外から聞こえたものだったのかもしれないけど。それから急に静かになって、僕と姉さまは手を取り合って様子を見に外へ出た」


 その先は言われなくても分かるような気がする。

 そんな気がしてオウルは聞くのが辛くなる。

 この街の現状。先程の戦い。それから導き出される光景は。


「姉さまは悲鳴を上げてすぐに気を失ったよ。僕たちが見たのはそこら中に死人が倒れている姿と、それをむさぼり喰らっている魔物たちの姿だった。そして……満足そうにその魔物を喰べるハダル」


 ハールーンはそっと微笑った。

 諦めたような、寂しげな乾いた哂いだった。


「ハダルが魔物を呼んだんだよ。自分のエサにするために。僕は気が付いていなかったけれど、ハダルは僕の魔力も使って驚くくらい多くの魔物を一度にこの街に集めてしまったんだ。ハダルは喜んでいた。食べ物がいっぱい手に入ったって。でもその代わりに僕たちの父さまも母さまも、この街にいた人はみんな死んでしまった」


 それから後も彼は淡々と語った。

 ハダルは街に集まった魔物を全て操るだけの能力を持っていたこと。ハダルに命じて魔物たちに自分と姉を襲わないようにさせ、他に生き残った者がいないか探して街を彷徨ったこと。

 その試みは全て徒労に終わったこと。


「僕も覚悟しなくてはいけなくなった。この街には僕と姉さまの他に生きている人間はいないんだって思うしかなかった。だから……僕は……ハダルに命じた。姉さまの記憶を操作して、あの日のことを忘れさせろって。魔物だらけのこの街を、姉さまには前と変わらないように見せるようにしてって。……父さまと母さまを再現するのは無理だったけれど。不完全に再現しても逆に姉さまに疑念を抱かせることになってしまっただろうし。だから魔物に襲われて二人が死んだ、その記憶だけを残して……僕たちは新しい生活を始めたんだ。もちろんよそから人間が来て異状に気付けば何もかも台無しになってしまう。だから、出来るだけ他人はこの街に入れないようにして……」


 そうしてよそ者を嫌う、おかしなオアシスの街が出来上がった。

 どうしても追い払えないよそ者は血の儀式でハダルの影響力を強めた上で、意識操作をした。

 交易はもう彼らには必要がなかった。二人きりの姉弟が食べるくらいの量はオアシスが育む自然が与えてくれたのだ。


「終わらない夢を見たかった。姉さまと二人、昔の幻影の中でいつまでも生きたかった。あんな地獄を姉さまに見せたくなかった。夢でいいから姉さまには穏やかな日々を過ごしてほしかった……」


 彼の声はかすかに消えて行く。

 それを。

「君は莫迦だな」

 容赦のない言葉が叩き切った。


 ムッとした様子でハールーンが顔を上げる。青い瞳と整った顔立ちがようやく露わになる。

「アンタに何が分かるの。僕は姉さまを守りたかった。嘘でもいいから姉さまには幸せでいてほしかったんだ」


「違うな」

 ティンラッドは無情にハッキリと言った。

「君はただ自分の過失を姉上に知られたくなかっただけだろう。自分が魔物を引き込んだせいで街が滅びたのだと、それを認めたくなかっただけだろう。それを知った姉上になじられたくなかったんじゃないか。……莫迦莫迦しい」

 そう言って彼は短い茶色の髪を揺すった。

「そんなことのために君は、何年も何年も自分の術で意志を縛った姉上と二人きりで暮らしてきたのか。魔物と一緒に不出来な夢の登場人物を演じて、見えるモノを見ず見えないモノを見えると言って……人生の無駄だな」


「あ……アンタに何が分かるんだよっ!」

 ハールーンは大声を上げた。

「アンタたちが来なければまだ続けていられた! いつまでだって続けていられたんだ。こんな風になったのはアンタのせいだ。アンタさえいなけりゃ……」


「違うな」

 ティンラッドの答えは完結だった。

「夢は醒めるものだ。そんなことは君が誰より一番わかっていたんじゃないか?」

 その言葉にハールーンは再び煉瓦に両手を突き、がっくりとうなだれた。



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