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第27話:夢の終わり -7-

「もう終わりにしよう」

 ハールーンは低く言った。

 バカバカしい。これ以上こんな戦いを続ける意味を、彼は見出せない。

 短刀を構えていた腕をだらりと下げる。


「何だ何だ」

 ティンラッドは拍子抜けした様子になった。

「もう終わりにするのか? 私はまだ戦い足りないぞ?」


 そんなこと知るか、とハールーンは思う。この戦闘狂のような男に付き合うのも疲れた。

 初めから、その気になれば全部終わりに出来た。

 そうしなかったのはただ、夢の欠片を少しでもつなぎ止めたかったから。


 でも、もうムダだ。本当は分かってる。

 どんなにつなぎ止めようと思っても、壊れたものは戻らない。

 彼も彼女もそんなこと、ずっと前から知っていた。


 だからもう。全部壊してしまえ。


「ハダル……!」

 右手を高く上げ、彼はその名を呼ぶ。長い長い間、彼の半身だったモノの名を。


 空気が変わる。

 瘴気が強くなる。魔の気配が辺りに充満する。八本の脚が生えた巨大な一つ目が館の中庭に姿を現す。

 ティンラッドの顔に緊張が走った。傷付き膿にまみれた巨大な眼球に、確かに見覚えがあった。

 失われた記憶が一気に押し寄せてくる。眩暈を感じてティンラッドはその場でたたらを踏んだ。


「ほら……記憶を返してほしかったんだろ。返してやるよ」

 ハールーンの低い声が耳に響く。

「もう意識を操作する必要はないしね。だってお前ら皆、ここで死ぬんだから」


 背後の気配が荒々しくなるのを、混濁した意識の中でティンラッドは感じた。バルガスが受け持っている方の戦線。押し寄せる魔物たちの気配が強くなっている。

 全ての魔力を魔物たちを操る方に振り向けた、そういうことだろうか。バルガスが簡単に崩れるとは思わないが、彼もこんな意識の混乱を味わっているとすれば不利になるはずだ。魔術師が魔術を繰り出すには高度な集中力が必要なのだから。


「そいつは何だ」

 ティンラッドは濁った一つ目をまっすぐに睨みつけ、短く問う。

「僕のトモダチさ。僕の……たった一人だけの……」

 ハールーンの青い瞳が下を向く。

「そして、僕たちのカタキ……」


 それから青い瞳はまたまっすぐに、ティンラッドを見据える。

「どうでもいいだろう、そんなこと。どうせアンタには関係ないんだから」


「そうだな」

 ティンラッドは新月の柄を握り直した。額を流れていく汗を首を振って払い彼も敵を見つめる。……一つ目の魔物を。

「やっと倒す相手がハッキリした。要するに、私はソレを倒せばいいわけだ」


「は?」

 思わずハールーンの口から中途半端な音が漏れる。

「何言ってんの。アンタは僕と戦いたいんだろ」


「それは後でも出来る」

 ティンラッドはあっさり言った。

「とりあえずはそちらだな。君のトモダチだかカタキだか知らないが、悪いが私が倒させてもらう。この街がおかしい元凶はソイツなのだろう?」


 その問いに返る言葉はない。ただ秀麗な面差しがいっそう険しくなった。それだけで答を得たと同じだとティンラッドは思う。


「それじゃあ、やはり倒す。君の事情に興味はないが、私は仲間たちと五体満足でここを出て行きたいからな。そのためには、その魔物が邪魔だ」

 

 まっすぐに敵を見据え、新月を突きの形に構える。

 前回もこの刃は届いた。今度も必ず届く。その確信がある。


「させないよっ! 何のために僕がここにいると思ってるの?!」

 柔らかだった声が甲高く軋む。

「ハダルにその剣が届く前に、僕がアンタを殺す!」


 トモダチなら当たり前だろうなとティンラッドは思った。仇だと言うなら破綻した話だが。

 その二つが両立しうるのかどうか、その辺の心の機微には興味がない。理解しようという気もない。

 彼が思うのはただ、ハダルと呼ばれるこの魔物とハールーンの両方を一人で相手にするのは難しいだろうということだけだ。

 だが、今倒すべきなのはあの魔物。

 後方を支えている仲間たちのためにも、一刻も早くアレを始末しないといけない。


 ハールーンは難敵だが、まあ何とかなるだろう……とあえて軽く考える。ならなかったら、それはその時のことだ。


 自分の中の魔力を高める。腕に指先に、敵に向かって伸びた刀身にそれを纏わせていく。

「魔突……」

 足を一歩踏み出す。

「諒闇新月……!」


 叫びと共に、一つ目に突進する。

「させないって言ってるだろう!」

 ハールーンの金切り声がけたたましく響き、短刀が自分に向かって飛ぶのが見える。

 風を切る音は、カーンという間抜けな金属音に阻まれた。


「悪いな」

 斜め後方からオウルの声がした。息が上がっている。緊張か。走って来たのか。どっちでもいいとティンラッドは思う。

「俺も投擲は得意なんだよ。貧乏人の倅だからな。物投げて鳥でも獲るくらいしか遊びといえるものがなかったんだ」

 足下に丸くて大きな光る物が落ちているのが見える。気にせず走る。


「何ソレ……」

 ぽかんとしたハールーンの声。

「鍋のフタだよ。ケチくさい商人から借りて来るのに時間がかかった」

「鍋……」

 茫然と繰り返して、それからハールーンは怒り始めた。

「ふざけるな! そんな物で僕の短刀を!」

「言わせてもらうがな。どんな物でも防げりゃいいんだよ」

 オウルは冷たく言った。


「船長、こっちは任せて走れ!」

 後ろから声が追ってくる。

「そうか」

 振り返らずに叫んだ。

「任せた!」


「ふざけるなよ……お前らみたいなクズに僕が止められるか!」

 ハールーンは怒気を露わにして言った。

 見たところ相手はもう投げられるようなものは何も持っていない。それに、あの戦闘狂と感じの悪い魔術師以外は戦闘員でないことは前の滞在で分かっている。


 数歩であの男の刃はハダルに届く。だが自分の技量ならまだそれを止められるはずだ。

 みすぼらしい魔術師を無視して、ハールーンは走る敵に向け短剣を投げようと……。


「ロハス、アベル、今だ!」

 声が上がった。同時にびっしょりしたものが顔を覆って、視界がふさがれる。

「な……、何だコレ……!」

 濡れた布だということはすぐに分かった。だが水を含んで重くなったそれは肌に絡んで、すぐに外すことが出来ない。


「悪いな。こっちは数秒アンタを足止めできればそれでいいんだ」

 オウルは呟いた。

「その後どうなるかは……運任せなんだが」


 焦りながらようやく顔から布を外したハールーンの青い目に映った物は。

 黒い刃がハダルの巨大な眼の中心を突き刺していく光景だった。


 紫の血と膿が大量に吹き出し。

 巨大な魔物は数度激しく痙攣して地に墜ち、二度と動かなかった。 

 


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