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第27話:夢の終わり -6-

「先達。早くしてくれ……!」

 うなるように言いながらひたすらに魔物たちを焼き続ける。幸い燃料にはこと欠かないで済んだ。次から次にやって来る魔物たちが、後から来る仲間を阻む炎の贄となってくれる。

 だが術を操るオウルの集中力の方が持たない。魔力もどんどん減っていく。


 だから自分は戦闘向きじゃないんだよ。立て続けに杖を振り呪言を唱えながら頭の隅でそう愚痴る。

 じっくりと落ち着いた状況で術を組み上げ、発動させる。オウルが望んでいるのはそういう環境であり、こんな風に立て続けに考える暇もロクになく条件反射のように杖を振り無理やり魔力を絞り出すなどというものではない。こんな状況を彼は好まないし、そもそも魔術というのはこういう風に使うものではないのであって。


 そう考える合間に、ついに炎の壁をくぐり抜ける魔物が現れた。

 先に斃れ、燃え尽き消し炭になった魔物の体を足場にし、赤々と焔を吹きあげている最後の屍を蹴り上げこちらに飛び出してくる。

 死体が落ちていない先にはもう、燃料にするモノがない。


 まずい。防御の呪文を唱えるか? しかし目の前まで迫った魔物の攻撃を完全に防ぎ切る呪文などない。反射的に手にした杖を単なる棒として構え、襲いかかる魔物に少しでも反撃しようと……。

「邪魔だ」

 後ろから乱暴に押しのけられた。オウルは転びそうになる。


「ガル・スム」


 低い声と共に魔力が炸裂した。目もくらむような雷光と鼓膜を打ち破るような轟音が大気を揺るがす。

 オウルは目を見張る。初めて会った時のように黒々とした膨大な魔力をその身に纏って立つバルガスが、そこにいた。


 空気がピリピリと肌を刺した。目の前に飛び込んできた魔物も、まだ炎の向こうにいた魔物も。全てが黒焦げになって煉瓦の上で動かなくなっていた。


「……先達」

 オウルは呟く。自分の描いた魔法陣と、バルガスが魔術的につながれているのが分かる。どす黒い魔力は魔法陣から湧き出しているようだった。

「おい、あんた」

 

 自分の声がかすれるのが分かる。

 異界から召喚した魔力を自分の体にそそぎこんでいる。これはそういうことだ。

 だが、そんなことをして大丈夫なのだろうか? オウルは召喚魔術にはさほど詳しくはないが、異界の存在全てが本来この世界とは相容れないことくらいは知っている。

 それと自分の体を直接つなぐ。それは一体、どんな負担を自己に強いているのか。


「どうした?」

 黒い瞳が蔑んだ光を浮かべ、オウルを見下ろす。

「君の役目は終わった。もう引っ込んでいていいぞ。後は私一人で十分だ」


 口許に嗤いを浮かべ、またしても視界を埋めつつある大量の魔物たちを見やる。

「来い。どれだけ集まろうと跡形もなく葬ってやろう」

 その口調は、砦で彼らを迎え撃った闇の魔術師のものだった。



 剣戟が響く。ティンラッドとハールーンの一騎打ちは尚も続いていた。

 ハールーンは汗に濡れ貼りついた金の髪を頬から払う。目の前の相手の息の根を止めるための道が見えない。


 そもそも彼の戦法は一撃必殺を旨とする。敵の隙を窺い闇に紛れ、自身の危険は最小に敵には確実な死を運ぶ。その技だけを磨いて来たのに。

 この相手はそれを許さない。彼を無理やり明るい場所へ引っ張り出し、正々堂々の戦闘などという陳腐なものを押し付ける。


 この場での顔を合わせての戦闘に応じてしまったこと自体が間違いだったのだと、今は彼も気付いている。だが戦いを途中で止めるわけにもいかない。この相手はそんなことを許さない。

 形の良い唇をかみしめる。こんなはずではなかった。自分には『ハダル』の操る無数の魔物たちがいる。それを開放すればこんなヤツらはあっという間に灰燼となるはずだったのに。


 それで全てが元に戻る保証はない。ないけれど。ないからこそ。

 せめてコイツらを全員、跡形も留めず引き裂いてやらなければ自分の気が済まないはずなのに……!


 何でだ。どうして立ちはだかる。

 気を付けるべきはあの黒い目の魔術師と、目の前の男だけのはずだった。

 なのにどうして、今も他のヤツらも生きていて。

 目の前の男は何もなかったように嬉しげに、自分に刃を向けて来るのだろう?


 ズルい。

 ズルいズルいズルいズルい。

 そんな感情が肚の底から湧き出してくる。

 どうしていつも自分だけがこんな目に遭って、他のヤツらは何事もなかったように笑っている?

「ねえさま……」

 形の良い唇から小さく声が漏れた。それを恥じるように、すぐにギュッとかみしめる。


「どうした、君」

 ティンラッドが不思議そうに言った。

「泣きそうな顔をしてるじゃないか」


「……そんな顔してない!」

 眉を逆立てハールーンは叫ぶ。ティンラッドはうなずいた。

「うん。こんなに楽しい命のやりとりはそうそう出来ないからな。哀しい顔をする道理がないな」


「アンタ、イカれてる」

 何度目かの同じ感想を、彼は口にした。

 相手は嬉しそうに笑った。 

 


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