第27話:夢の終わり -2-
ティンラッドの長身がひらりと舞った。金属のぶつかりあう鋭い音が響く。
新月の切っ先をハールーンは短剣の先で反らす。
「うん。いい腕前だ」
ティンラッドは上機嫌だ。
「じゃあ次だ。受けられるか?」
黒い刃が雷光のようにハールーンの首元に向かう。太守の弟はそれをかがみこんで避け、そのままティンラッドの懐に飛び込んだ。その刃先をティンラッドはのけぞって避ける。すかさず踏み込むハールーンの足をティンラッドが払う。
ハールーンは後ろに跳んで、再び距離を置いた。
流れるような攻防だった。重量感のある剣筋のバルガスとの闘いも激戦だったが、あの時ともまた違う。ハールーンの迅い動きとそこから繰り出される技は、相手をする者に息つく隙も与えない。
それを平然と受け流しているティンラッドも、やはりただ者ではないのだろう。
改めて、強いとオウルは思う。
二人の打ち合いは互角と見えたが、若干ハールーンに不利だった。
腕力が違う。加えて武器の長さが違う。ティンラッドは長剣使い、ハールーンは短剣使いだ。今は持ち前の敏捷さでしのいでいるが、闘いが長引けばハールーンの方がより体力を消耗するだろう。
オウルとティンラッドを背後から刺したのが彼であるなら、その本来の戦闘方法は夜陰に紛れて背後から気配もなく相手に必殺の一撃を入れる暗殺者のものだ。正面切っての打ち合いは流儀ではない。
バルガスに挑発され、ティンラッドに半ば無理やりに勝負を仕掛けられたが。ハールーン自身にすればこの状況は本意ではないのではないか。
秀麗な顔に浮かんだ苛立たしげな表情がそれを裏書きしているようにオウルには思える。
対するティンラッドには余裕がある。そもそも戦闘が楽しくてたまらないという人間なのだ。自分を真剣に殺そうとしてくる相手と刃を交えている時が、一番生き生きしているという困った人種である。
「真面目にやれよっ」
ハールーンはもう苛立ちを隠さない。
本来はあまり我慢強い人間ではなさそうだな、とオウルは思う。
「もちろん真剣にやってるぞ」
打ち返しながら答えるティンラッドの台詞には、あまり緊迫感が感じられない。
「こんなに楽しい戦いを真剣にやらなくてどうする。君ももっと楽しみなさい。そんな風に眉間にしわを寄せていたら楽しくないだろう」
「なっ」
調子が狂ったようにハールーンの短剣が空を切る。そのためにティンラッドの剣が喉元まで迫る。
だがそれが刺さることはない。彼は体をずらし、身に着けた予備の短剣で刃を防いだ。近接戦に慣れている。頭に血が昇っているようでも戦闘については冷静だ。
「なんなの、このオジサン。バカなの?」
吐き捨てるように言う。
その言葉にはオウルはものすごく共感した。これくらいハッキリ言えたら気持ちいいだろうなと思う。
だが、そんなのん気なことを考えていられたのもそこまでだった。
ハールーンの手元で白刃が閃く。直後ティンラッドが大きく動き、カンカンカンと金属と金属がぶつかり合う音が間近で続けてした。
地面に短刀が三本落ちる。
「へえ。いい反応」
ハールーンは邪悪に微笑む。
「邪魔な人たちが後ろで群れてるから、減らしてあげようって思ったんだけど。全部、叩き落しちゃうんだ?」
ティンラッドは答えない。新月を水平に構え、相手の挙動に集中している。
「あ、あの男。私たちを狙いましたぞ」
アベルが憤然と声を上げた。
「何たる卑劣漢でしょう。大神殿の三等神官たるこの私の命を狙うとは!」
「オレなんか明らかに非戦闘員なのに!」
何だか叫び声を上げている二人組がいるが。
戦いの場に立っておいて自分たちは無関係と主張するのも厚顔というか。この場合、盗人猛々しい領域にまで達している気がする。
オウルは地面に落ちた短刀を眺めた。切っ先の鋭く尖った、禍々しい武器。刃には黒くべったりとしたものが塗りつけてある。
背中の痛みを思い出した。この相手は毒使いでもある。
記憶はないが、オウルは一度この刃に倒れている。ただし同じ毒とは限らない。前回よりも強力な毒を使っている可能性もある。
「そうか、忘れていた。それが君の流儀だったな」
「そっちも大勢で僕一人を潰しに来てるんだからね?」
ハールーンはにんまりと笑う。
「僕だってそれなりに対抗させてもらわなきゃ。必死なんだよ、これでも」
「なるほど」
ティンラッドはうなずいた。その声に苦笑がまじっている。
「それはそうだな」
ハールーンはわずかに細い眉を上げた。
「後ろの人みたいに、卑怯だとか言わないんだ?」
「戦いに卑怯も何もないだろう。それぞれの流儀と事情があるだけだ」
ティンラッドはあっさりと言った。
「こちらも全力で当たる。君も全力で来る。だから面白い」
「あーもう。船長はこれだから」
ロハスが情けない声を上げた。
「バルガスさーん。助けてよ」
ティンラッドは頼りにならない。そう思ったのか後方のバルガスに声をかける。
「悪いがこちらも手一杯だ」
返って来たのは冷たい声だった。
気付けばいつの間にかバルガスの前方には、群れを成す魔物が迫りつつある。
「自分たちのことは自分たちで何とかしたまえ」
いつも通りの揶揄するような声が言った。