第3話:雪と氷の町 -4-
「一泊五百ニクル?」
宿の主人と交渉に入ったオウルは、相手の言い値に呆然とした。
「冗談じゃねえ。どんなぼったくりだよ、ここは。ソエルの城下なら、一泊八十ニクルで泊めてくれるぜ」
「そりゃ、城下町は景気がいいだろうからねえ」
宿の主人は、雪焼けした赤ら顔をしかめて言った。
「この町の様子を見りゃあ分かるだろう。旅人は来ない、こっちは毎日の食べ物にも困ってる。余分はないんだよ」
「食べ物ならある。雪ウサギの肉があるよ」
オウルは必死で言った。
「肉はねえ、取れるんだよ」
主人は首を横に振った。
どうやら、ロハスの言ったことは当たっているらしい。町の人間は、雪ウサギの肉には食指が動かない様子だった。
オウルは、頭の中で財布の中身を勘定した。
貯金を下ろして、持ち物を売って、旅の準備をした残りは、千五百ニクルきっかり。
主人の言い値を払ったら、今夜の分だけで宿代はなくなる。
「ダメだ、船長。話にならねえ」
オウルは回れ右して、ティンラッドのところへ戻った。
「さっき言ってたとおり、外で雪でも掘ってその中で過ごそう。壁を作っちまえば、何とか夜を越せるだろう」
「そうだなあ」
ティンラッドはぼんやりと答えた。
彼は隅に腰かけて、さっそくロハスと一杯やっているのだ。
「船長!」
「うん。まあ、君も飲め、オウル。彼のおごりだぞ」
「そうそう」
ロハスはニコニコ笑いながらティンラッドに酒を注ぐ。
「アンタ、いったい何者だ」
憤懣やるかたのないオウルは、ロハスに食ってかかった。
「てっきり宿の人間かと思えば、そうでもない。その酒だって、注文してたなあ。かといって、町の人間でもない口ぶりだし」
「うん、違うよ。オレ、ここの逗留客だから」
ロハスはあっさり言った。
オウルは眉根を寄せる。
「あのバカ高い宿代を払ってるのか? どこのお大尽だよ、アンタ」
「うっふっふー。知りたい? こっから先は、有料だなあ」
ロハスはニヤリと笑った。
オウルは全力で首を横に振った。
「いいや。どうでもいい。心の底から、どうでもいい」
「親切で教えてあげようって言うのに。まあいいや、一つだけ教えてあげるとね、オレも旅人だったのよ。一緒に来た仲間が、強い魔物にやられて全滅しちゃってね。オレだけ何とか、この町に逃げ込んだんだけど、その直後からこの雪が降り始めてさ。出られなくなっちゃったわけ」
「出られなくって」
オウルは首をかしげる。
「何日かに一回、雪がやむ日があるんだろ。その日を狙って外に出りゃあいい」
「そこが問題なんだよねえ」
ロハスはため息をついた。
「んで、ここからが相談だ。アンタたち、たった二人で荒野を旅してきて。腕に覚えがあると見た。どうだ、アンタら強いのか」
「強いぞ」
ぼーっと酒を飲んでいたティンラッドが、急に真顔になって断言した。
「私は強い」
「ああ、まあ。ウチの船長は、強いな」
オウルも同意する。
ロハスはニヤリと笑った。
どうもその笑い方が気に入らないな、とオウルは思うのだが。
酒をおごられている手前、無下にも出来ない。
「実はね。この町には、外から入ることは出来るんだが。町に入った人間が、雪の領域の外に出ることは出来ないのよ。出ようとすると、やんでいた雪嵐が急にひどく吹き荒れて、中に押し返される。おとなしく町に戻れば嵐はやむけれど、無理して出ようとすれば雪に振り込められてお陀仏。それで命を落とした者も結構いるわけなんだ」
「そりゃあ」
オウルの眉間のしわがますます深くなった。
「魔物の仕業か」
「それしかないでしょ」
ロハスはうなずく。