第27話:夢の終わり -1-
魔物たちはじりじりと包囲の輪を狭めてくる。ロハスは狼狽しながらもヒノキの棒を取り出した。アベルはしきりにきょろきょろしている。おそらく逃げ道を探しているのだろう。
オウルも杖を構える。ティンラッドの言うことは正しい。
今は五感を狂わせる波動は和らいでいる。だが完全になくなったわけではないし、目の前の青年があの波動を自在に操れるのならいつまた、そんな形の攻撃を仕掛けて来ないとも限らない。
今回の戦闘は全面的にティンラッドとバルガスに任せ、自分は防御に専念する。それが最善の方策だ。
バルガスはフンと鼻を鳴らして周囲の魔物を見回した。
「君たち、下がっていろ。巻き添えを食らっても知らんぞ」
そう不機嫌に言い、黒檀の杖を構える。
「バラムィ・カルナル」
呪言と同時に突風が中庭に吹き荒れる。
冷たく乾いた風は刃となり、魔物たちの体を斬り裂き引きちぎる。体液や体の欠片が辺りに飛び散る。
「うわっ気持ち悪! やめてよバルガスさん!」
「そうですぞ。夕食が食べられなくなりますぞ」
足手まといの二人は文句を言っているが、この状況で夕食を食べる気満々なのは心底図太いと言えるかもしれない。
「ガル・スム」
バルガスは更に魔物たちに向けて火を放った。彼らの周りを厚く囲んでいた魔物たちが炎に包まれ、その中でのた打ち回りやがて崩れ落ちていく。中庭に異臭が漂った。
「さて」
バルガスは冷たい目をハールーンに向けた。
「君の衛兵とやらはもう片付いたが」
青い瞳の美しい青年は、にんまりと不吉に嗤った。
「アレで終わりだなんて誰が言った? アンタにはその魔力が尽きるまで雑魚と踊ってもらうよ」
その言葉と同時に、じわじわと押し寄せてくる気配がある。
バルガスは黙って門の方を見やる。
「街中にいる魔物をここに集める気か?」
オウルはゾッとした。
「あっちには大したヤツはいないけど」
ハールーンはあでやかに微笑む。
「数だけは集めてあるからね。アンタの魔力がどれだけ続くのか知らないけれど、ひたすら雑魚の相手をし続けて疲弊していく姿っていうのも見ものなんじゃないかな?」
「船長。気を付けろ」
バルガスは背中を向けたままで言った。
「その男、普通の人間じゃない。魔物の気配が濃厚にする」
ハールーンの目元が吊り上る。
「うるさい。アンタだって普通じゃないだろう。僕にだってそれくらい分かるぞ。そんなヤツにあれこれ言われたくなんかない」
「……成程」
バルガスの声が揶揄を帯びる。
「それが分かるか。確かに私は人の道を踏み外した外道だ。だが、それを指摘されたところで気にはならんよ」
黒い瞳がチラリとハールーンを振り返る。
「自分で選んだ道だ、覚悟は出来ている。君はそうではないようだがな」
「う、うるさい。うるさいうるさいうるさい! 分かったようなことを言うな! お前なんかに僕の気持ちが……!」
ハールーンが叫ぶのを、
「ウルサイのは君だ。少し静かにしなさい」
ティンラッドが無情に切り捨てた。
「私はおしゃべりをしに来たわけではないぞ。戦いに来たんだ。バルガス、君が悪い。だらだら話をするから彼までその気になってしまったじゃないか。話したかったら酒場にでもいって話をすればいいだろう。刀や杖を振りかざしながらしゃべることはない!」
正論なのだが。
何故かものすごく脱力する。オウルはそう思った。
「そんなことより今は戦いだろうが。くだらないことを言っている暇があったら、さっさと攻撃する! ほら早くしなさい!」
「くだらないって……」
ティンラッドに向かい合うハールーンは、ものすごく複雑な顔をしていた。
バルガスに何やらつつかれ激昂したところで、ティンラッドにそれを『くだらない』の一言で切り捨てられる。何と反応していいのか分からない気分なのだろう。
今さら怒るのも間が抜けているし、かといってティンラッドの言うとおりに襲いかかるのも輪をかけて間抜けだ。やめた、と言うわけにもいかないだろうし。
おかしな状況に追い込まれた彼に、オウルは真剣に同情した。
「来ないならこっちから行くぞ」
ティンラッドは言い。
新月を構え、全速力で突進した。
黒い刀身が奔る。虚を突かれたハールーンの肩口をめがけ、まっしぐらに進む。
布一枚の差で金髪の青年はそれを避けた。白い絹地が裂け、糸くずが風に舞う。
「何だ、やるじゃないか」
ティンラッドは嬉しそうに言った。
「この距離で避けるとはいい動きをしている。なかなか楽しめそうだな」
ハールーンはぎりと奥歯をかみしめる。
「おろしたてだったのに。破ったな」
そこかよ。とオウルは思ったが、相手は本気で怒っているようだ。
「アンタはいつもそんなことばっかり。少しは真面目に戦えよ」
青い瞳が憎々しげにティンラッドをにらみつける。
ティンラッドは軽く眉を上げた。
「ということは君は前にも私と戦っているんだな。それは良かった、君を探していたんだ。前の記憶はないが、楽しかったことだけは何となく覚えている。それじゃあ今回も思い切り戦おうじゃないか」
嬉しそうにそう言った。