第26話:白い街再び -5-
「呪われている?」
オウルは眉をひそめた。穏やかでない言葉だ。
「ええ」
パルヴィーンは青い目を伏せる。
「八年前のことでした。この街を恐ろしい魔物が襲い、私たちの両親を始めたくさんの人が犠牲になった。それ以来、この街はその魔物に呪われてしまったのです」
「街が魔物に?」
他の面々も怪訝そうな顔をする。
魔物が街を襲う。それは時折あることだ。壊滅に追い込まれることもある。
だが、呪われるというのは。
「どういう意味だ?」
オウルはたずねた。
「ここは魔物の狩り場なのですよ」
パルヴィーンは力なく言った。
「朔の日が巡りくるたびに、街の人がひとり魔物の贄となります。分かっていても私たちにそれを止める術はない。犠牲になる人がいることが分かっていて、ずっとそれを見過して来ました。私たちは罪深い」
それから彼女はさらりと衣擦れの音を立て、卓子を離れた。
「風が冷たくなってきました。もうじき日も暮れるでしょう。あなた方ももう宿にお帰りなさい。そして出来るだけ早くこの街を離れるのです。今まで魔物が旅の方々に害をなしたことはありませんが、いつまでそれが続くのか私にも分かりません。ですからここを出て……そして忘れるのです」
「それが君の言いたいことの全てか?」
ティンラッドが言った。
その声には厳しさが感じられ、オウルは驚いた。彼の知っている船長はいつも退屈そうか楽しそうかそのどちらかだ。そんな声を出すのは初めて聞いた。
「何が起きるか知っていて、それを受け容れたくないくせに呪いだと自分に言い聞かせ都合の悪いことは見ないフリをし続ける。それが君の生き方か。情けないとは思わないのか?」
女太守は美しい顔を険しくした。
「あなたに何が分かるのです。私はここで弟と街の人々を守らなくてはならない。たとえ朔の夜ごとに一人が失われるとしても、それでもまだ守るべき人はたくさんいる。戦う力のない私たちにはただそれを耐え忍ぶしかないのです。通り過ぎるだけの旅人であるあなたに、そのようなことを言われる筋合いはありません」
「守るべき者か」
バルガスが陰鬱な表情で言った。
「それがまだこの街に存在すると? 本気で言っているのか?」
「何を……!」
パルヴィーンの声に苛立ちが混じる。
それをどう解釈すべきなのだろう、とオウルは考えた。
ここまでの道のり、この街には人の気配など全く感じられなかった。目にしたのは廃墟。感じられるのは魔物が潜む気配。
だが目の前のパルヴィーンに嘘を言っている様子はない。
彼女の美しさにだまされているのだろうか? そんなことで自分の目が曇るとは思っていなかったが。
この街で起きたことを考えると、普段のように自分の判断を信頼することが出来ない。
自分が見聞きしているものが真実なのか、それを確認するすべはない。
「話になりません」
女太守は立ち上がり手を叩いた。使用人らしき女性が二人現れる。パルヴィーンは彼女たちに向けて、果物や菓子が積み上げられた卓子を指す。
「片付けなさい。それからこの方々にはお帰りいただくように」
背中を向けて歩き出す。片付けを始める使用人たちにバルガスが嫌悪の目を向けた。
「守るべき存在だと?」
吐き捨てるように言う。
「この魔物どもがか?」
その言葉にパルヴィーンの眉が上がる。
「どういうことです」
「言葉通りだ」
バルガスは冷酷に言った。
「お待ちくださいバルガス殿。可愛らしい女中さんではないですか」
「そうだよバルガスさん。魔物扱いしちゃカワイソウだよ」
口を挟んでくる者が二名ばかりいるが、黙殺。
「失礼な。この者たちは長年に渡り私たちに仕えてくれています。そのような根も葉もない雑言、聞き捨てなりません」
青い瞳が氷のような怒りを湛えてバルガスを睨んだ。
「旅人であるあなた方にこの街でのことは関係のないこと。ですから勝手にこのような場所まで立ち入った非礼もとがめず、ただお立ち去りいただこうと申し上げました。ですが度重なる無礼の言葉、もう許してはおけません」
そして彼女は声を張り上げた。
「衛兵! この者たちを捕らえ、街から放り出しなさい!」
その声に応え、大勢の衛兵がどこからともなく現れる。
五人はあっという間に囲まれた。
「どうする?」
バルガスが冷ややかに言った。
「この程度なら私が一掃できるが。君は暴れたいのかね?」
「そうだなあ」
ティンラッドは退屈そうに言った。
「暴れたいことは暴れたい。だが、あんまり楽しそうな相手じゃないなあ」
衛兵たちを見てつまらなそうにため息をつく。
「それでは私の役目だな」
バルガスは肩をすくめて杖を構えた。その時、
「姉さま。何の騒ぎ?」
涼やかな声がした。