第26話:白い街再び -4-
その後も数歩おきにアベルが何かしら発見しては騒ぎ立てるので、一行の歩みはだいぶ遅れた。ついでに緊張感もかなり削り取られた。
「あっ」
とアベルが叫んでも、もう誰も足を止めない。しかしそれでも気にしないのがアベルである。
「良い匂いがしますぞ。これは果実ですな。お茶と焼き菓子もあるようです。そういえばそろそろ午後のお茶の時間ですな。ちょうど良く小腹が空いて来ました」
言いながら鼻をひくつかせている。
「あのな」
オウルはイライラして言った。
「腹が減ったからって勝手な幻を感じ取るな。だいたいアンタ、さっきからうるさいんだよ。味方を惑わすのはやめろ」
「いや、ちょっと待ってオウル」
ロハスが言った。
「本当にお茶の香りがする。これは、うーん」
眉根を寄せて考える。
「南方産の上級もの。一桝あたり三シルから四シルで売れるなかなかの高級品。内陸のこの辺りならもっと値がはね上がるかも」
何でそんなことが分かるんだ。そして戦闘に全く関係ねえ。
そう思うとますますガックリするオウルである。このパーティと緊張感は所詮なじまないモノであるらしい。
「こちらから匂いますな」
アベルはティンラッドも追い越して、がさがさと茂みをかき分けて進んでいく。意外に素早い。というか、こういう余計な時だけ素早さを発揮する男である。
「おい待てよ。ひとりで勝手に動くな。敵地だぞ、ここ」
声をかけるが。
「皆さん、こちらですぞ。匂いが強くなっています」
まったく気にしない様子でどんどん進んでいってしまう。何故こんなにも気楽なのだ、とオウルはぐったりする。
「どうする。見捨てるかね」
バルガスが冷たい口調で言ったが、そういうわけにもいかないだろう。出来るものなら見捨てたい、それは確かだが。
「仕方ないな。君たち、追うぞ」
ティンラッドがそう言って、四人はぞろぞろと前を行くアベルの後を追った。
建物を囲む緑の中をしばらく進むと、やがて眼前が開けた。
色付き煉瓦の敷き詰められた中庭に卓と椅子がある。卓の上にはアベルが言ったとおり、果物と焼き菓子が大きな皿に盛られて置いてあった。
そして香り立つ茶を楽しむ人影が、一人。
「お客様ですか?」
彼女は振り返って、不思議そうに首をかしげた。
「あなた方は、確か……」
「貴女は」
アベルが雷に打たれたように足を止めた。
ロハスも呆然と立ち尽くす。
「パルヴィーン様!!」
二人の声が重なった。パルヴィーンは細い眉をしかめる。
「戻っていらっしゃったのですか。どうやってここへ」
「ああ、やはり貴女はパルヴィーン様。この美しさ、間違いないと思いましたぞ」
ひざまずくアベル。
「想像以上の美しさだ。ああパルヴィーン様、しがない旅の商人ですがどうぞお見知りおきを」
にじり寄るロハス。
そんな場合じゃない、とオウルは心の底から思った。
「あの。お二方ともいったい」
とまどったように言うパルヴィーン。それへティンラッドが退屈そうに言葉をかけた。
「我々はどうやら君と初対面ではないようなんだが。残念ながらその時の記憶は奪われてしまっているようでね。もし君が持っているのなら返してもらいたいな。くだらない記憶でも私たちの人生の一部だ」
「記憶、を……?」
パルヴィーンは美しい瞳を翳らせた。それから顔を上げ決然とした表情で言った。
「それでしたら、あなた方はこの街の護り神の意志に反したのです。ここにいる資格はありません。今すぐこの街を出てお行きなさい」
「護り神?」
オウルは眉根を寄せた。
「何だよ、それは。そんなもんがこの街にいるのか?」
「いけませんぞパルヴィーン様。それは迷信です」
役には立たないのに余計なことだけは言う神官がしゃしゃり出てきた。
「そも、この世を統べる者は神殿を作りし神とその眷属だけです。それ以外のものはすべからく迷信です。オアシスの太守たる方がそのようなものにまどわされてはいけませぬぞ。ご希望でしたら大神殿の三等神官であるこの私が、ゆっくり時間をかけてその辺りご教授いたしますが」
助平くさいニオイしかしねえ。
オウルはそう思った。どう聞いても聖職者らしい清廉な雰囲気ゼロの台詞である。
何故コイツはこうなのか。そして何故コイツが自分と同じパーティに所属しているのか。
つくづく厭になる彼であった。
パルヴィーンの青い瞳が憂いに沈む。
「迷信……。そうですね。そうなのでしょう。それでも……」
彼女は低い声で言った。
「この街は呪われているのです。それは間違いのない事実。ですから、どうか……このままここを立ち去って下さい。それが皆さまのためにきっと一番良いのです」