第26話:白い街再び -3-
五人は警戒をしながら進んでいった。
石畳の道は緩やかに上り坂になっている。進むにつれ周囲の家が大きく立派になり、庭木の数が増えていく。白い建材に木の緑が映え美しい対比をなしていた。
だがやはり人の気配はない。どこまで進んでも感じられるのは荒涼とした空気だけだ。
生物の気配はある。だがそれだけだ。
この街には人の営みの全てがない。善も悪も愛も憎悪も楽しみも悲しみも。
世界を彩る感情が何ひとつない。
「ここが入口のようだな」
オウルは足を止めた。
緑の森の向こうに、ひときわ壮麗な屋根が見える。その敷地を囲む白い石の長い塀。その間に金属製の門があった。
「兵士はいないな。じゃあ入ろうか」
ティンラッドがためらいもせず門扉に手をかける。鍵はかかっていなかったのか、それはぎいと音を立てて開いた。
「不用心ですな。泥棒に入られますぞ」
あちこちをキョロキョロ見回しながらアベルが論評した。客観的に言って大変挙動不審である。正にコソ泥にでも入ろうとしているようだ。
「ここに住まう者は、入って来る泥棒などいないことを知っているのではないかな」
アベルとロハスを無理やり敷地内に押し込みながら、バルガスが言った。
「この場所には人間はいない。外から入ってきた人間がいたとしても、彼らが紡ぐ夢の中で無害にたゆたうだけだ」
彼は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「気色が悪い」
まったくだ、とオウルは思った。夢と幻で彩られたこの廃墟はただ虚しいだけの場所だ。
だがその目的は何なのだろう。
幻で人を引き寄せて犠牲にする……そんな魔物の仕業とも考えられない。だが自分たちは無事、とは言えないまでもとにかく一度この街を出た。ロハスなど二回も出入りしている。旅人を害するのが目的であるならばおかしな話だ。
では何のために魔力を使い、ここまで大がかりな演出をしているのだろう。意味が分からない。
「ほら、さっさと行くぞ君たち」
本能で行動する人が、仲間たちを急き立てた。オウルは慌てて後を追う。
歩きながら精神防御と物理防御の呪文を重ねがけする。この館の敷地内には緑が多い。つまりは隠れ場所が多いということだ。暗殺術を使う者が相手となると細心の注意を払うべき状況だ。
皆もそれが分かっているのだろう。ロハスとアベルはやたらにきょろきょろしている。バルガスの動きにも緊張が感じられる。いつもどおりなのはティンラッドだけだ。
「あっ!」
アベルが大声を上げた。
「な、何だよ」
オウルは思わず足を止める。
「あそこ、あそこで何か動きましたぞ」
梢を指してしきりに騒ぎ立てる。オウルは目を凝らした。確かに葉が不自然に揺れているような……。
「鳥の巣だ」
しばらく梢を見上げてからバルガスが軽蔑した口調で言った。
「正常な判断力があるならば、あの程度の葉の重なりでは人間が身を隠すことは出来ないとわかるはずだが。オウル君、自分に対して精神防御の術をかけ直した方が良さそうだな。守りの要の君がそれでは、いざという時に我々の安全が脅かされる」
つまり、要約すると『びくびくしてるんじゃない、臆病者め』ということだ。オウルはイラッとした。だいたい何でアベルではなく自分が矢面に立たされるのか。理不尽である。
「あっ!」
再びアベルが大声を上げる。
「今度は何だよ」
オウルはうんざりして言った。
「あの木の陰で何か動きましたぞ。間違いなく布の一部でした。私は視力はいいのです、人が隠れておりますぞ!」
アベルは言い張る。
全員がうんざりしたが、敵がいるかもしれないと言われては放っておくわけにもいかない。
「人の気配はしないがなあ」
ティンラッドが首をかしげた。
「魔物かもしれないではないですか」
「魔物の気配もしない」
それに、とバルガスが厭味っぽく言葉を添える。
「服を着る魔物と言うのも聞いたことがないが」
「新種かもしれませんな」
アベルは全くめげずに言った。
「新種発見かもしれませんぞ。我々は恐ろしい敵に狙われているようです」
ティンラッドがため息をつき、新月を抜き放ってアベルが指さす木陰に近付いた。全員が臨戦態勢でそれを見守る。そして。
「これのようだな」
ティンラッドが茂みの間から古びた上衣を拾い上げた。
「洗濯物が飛んだのじゃないかな。結構長くこの場所にあったようだぞ」
オウルはがっくりした。まあ、こんなことではないかと思ったが。ピリピリしている時にこうやって緊張感を無駄遣いさせるのはやめてもらいたい。
アベルを横目でにらむと、神官はもったいぶってうなずいていた。
「暗殺者ではなくて良かったですな。皆さま、ご安心ください。私は観察力の鋭さでは人後に落ちないのです。この私の『鷹の目』でどんな些細な異常も見逃しませんぞ!」
何故か自信たっぷりの口調である。
アベルの観察力の程度は知らないが。見付ける『異常』が些細すぎるんだよ。
そう、心でツッコまずにはいられないオウルであった。