第26話:白い街再び -2-
街に足を踏み入れる。
荒涼とした、というのが印象だった。陽光を白く反射する石材で作られた建物の壁はどれも傷み、ひびが入っているものもある。
そして連なる白い建物のどこからも人の気配が感じられない。
噴水のしつらえられた広場に立って五人は辺りを見回した。
物売りの声も走り回る子供の高い声も歩き回る人々も、この場所には何もない。
「これは」
オウルは絶句する。まるで死の街だ。
「誰もいないな」
ティンラッドは噴水の縁石に腰を下ろしてつまらなそうに言った。
「こんなところに私たちは滞在していたのか?」
「そのようだな」
バルガスは険しい表情のまま言った。
「この辺りは綺麗だね」
敷石を眺めてロハスが言った。
「通りによっては砂が入りこんで歩くのも難儀そうだったけど。この辺りはきちんと手入れされているみたいだ」
「先達の日記にあった、商品のやりとりをしたっていう場所がここなのかもしれないな。これだけの広さがあれば取引は出来るだろうし」
「オウル。間違えちゃいけない」
ロハスが厳粛な表情で口を挟んだ。
「取引の下交渉をしただけ。まだ商品はやりとりしてないの。そう簡単にこのオレは取引はしませんよ?」
ああそうかい、とオウルはため息をついた。どうでもいいことこの上ない。
「あ、そうだ」
ロハスがふらりと皆から離れ、路面をあちこち見始めた。
「どうした?」
オウルがたずねても返事がない。しばらくして、
「あ、あったあった」
という声が聞こえた。
「オレ、商談の最中とかにその辺で計算することがあるんだけどね。ほら、ここ」
石畳の一枚に引っかかれたような傷がある。既に薄くなっていたが確かに数字のようだった。
「公共の物を傷付けるのは感心しませんぞ」
アベルが偉そうに言う。だがロハスはそれを聞き流した。
「オレ、本当にここにいたんだなあ。ちっとも思い出せないけど。しかも値引き率三回も計算し直している。相手どれだけ鬼畜だよ、こんなヒドイ値引きを要求するなんて……!」
悔しげに唇を噛む。
だが正直、そこの攻防はロハス以外に誰も興味がなかった。
「どうする? 宿屋に行ってみるか」
「結果は分かっているような気がするがな」
バルガスが冷笑する。
「場所は分かるのか? 道を聞く相手もいないが」
ティンラッドが退屈そうな目で辺りを見回す。
「問題ない。すぐに分かる」
オウルは言った。
広場から道はあちこちに通じているが、きちんと手入れがされているのは三方向だけだ。
一つは今しがた通って来た、門から続く道。
もう一つは街の奥に見える大きな建物に続くと思われる道。
そして最後は、ごみごみした街中に向かっていく比較的細い道だ。
「あっちは太守の館だろう。ていうことはこっちの細い道の方が宿屋に続いているんだろうな」
「太守の館が本拠地なんじゃないのか?」
ティンラッドは刀の柄に手を伸ばす。
「そっちに行こう。そっちの方が面白そうだ」
もう立ち上がろうとしている。
彼のカンは莫迦に出来ない。こと戦闘に関しては。
「だが、待てよ船長」
オウルは言った。
「この相手は得体が知れない。もう少し情報を収集しておきたい」
「だらだらやっている内に向こうから襲いかかられるぞ」
ティンラッドは不満そうに言った。
「そんなの面白くないじゃないか。はるばるやって来たのだから、こっちから乗り込んで驚かせてやろう」
オウルは迷った。
ティンラッドは難しいことを考えているわけではなく、さっさと戦いたいだけだと思うが。
言っていることは理にかなっている。ここは敵の陣地だ。どんな罠が張り巡らされているのか分からない。頼みの綱のティンラッドが一度負けた相手となれば、余計に慎重な判断が求められる局面だ。
オウルは困った挙句、厭々ながらバルガスの方を見た。
バルガスは、ふんと莫迦にしたように鼻を鳴らした。
「ここは船長が決断すべきところだ。そうではないか?」
黒い暗い目で挑むようにティンラッドを見下ろす。そうだな、とティンラッドは軽くうなずいた。
「じゃあ、あの館に行くぞ。全員ついて来なさい。日が暮れる前に終わらせよう」
やっぱりそう来たか。オウルはガックリと肩を落とす。
ティンラッドに任せたら、他の選択肢などあるわけがないのである。
だが、そう決まったなら決まったでスッキリすると言えばする。
「分かった。再確認するぞ。敵の攻撃はこちらに対する意識の攪乱と、おそらくは暗殺術による背後からの攻撃だ。意識の攪乱については呪文がどうやら効いているから、これを継続する。防御呪文も発動させるが、意識を奪われないことの方が重要だからそっちの方に重点を置く。後ろはお前ら見張ってろ」
ロハスとアベルをにらむ。二人は驚愕した表情になった。
「ええっ無理だよ。暗殺者とか来たらオレ何にもできないし!」
「私もか弱い神官ですぞ」
それから二人は同時にバルガスを見た。
「バルガスさん、お願いします」
「お願いしますぞ」
バルガスは莫迦にしたように鼻を鳴らした。
「背後には目を配るが、君たちも自分の命が惜しいなら精一杯注意したまえ。君たちの背中にまで責任は負えん」
冷たく言われて二人の顔色が悪くなる。
「が、頑張りましょうぞロハス殿」
「オ、オレたち死ぬ時は一緒だよねアベルちゃん」
固く手を取る二人。
「じゃあ行こうか」
ティンラッドが新月の柄を握り、軽快に歩き始めた。