第26話:白い街再び -1-
数日後。荒涼とした砂漠を越えて、五人の旅人が白い街の北の門に立った。
「見覚えあるか?」
「ないなあ。オレ、三回目のはずなんだよね?」
「いいから早く入ろう」
「そうですぞ。早く美女に会いましょう」
いつも通り好き勝手を言う仲間たち。オウルは軽く肩をすくめる。
背中の傷は順調に回復しているようだ。自分では見えない場所だが、痛みも軽くなり発熱や動悸もなくなって来ている。毒については幸い、アベルの回復呪文が無事に効果を発した。(ちなみに数字は『2』が出た)五分の一の確率で出るハズレくじを引き当てなかった自分の幸運に、オウルは全力で感謝した。
それにしても。
ティンラッドの背中にも、刃物による傷痕があった。そちらはオウルも見た。ほとんど治っていたが、小ぶりの刀剣による刺し傷だろうと思われた。
つまりこれから立ち向かう敵は背後から気配もなく忍び寄り、襲いかかる暗殺者の類だ。それも、まず間違いなく武器に毒物を塗っている性質の悪い相手だ。
しかしそれだけではティンラッドとバルガスという手練れがどちらも手もなくやられてしまったことの説明がつかない。それ以外にも何かがある。そう覚悟しておくべきだろう。
「この街には太守さまの許可がない者は立ち入ることが出来ない」
門番の兵士たちがバルガスの手記に書いてあった通りのことを言って、立ちふさがる。
ティンラッドは面倒くさそうにそれを見た。
「いいか?」
許可を求めるようにこちらを向き、兵士たちを指さす。
オウルはうなずいた。今回は穏便に済ます気などない。
「いいぜ、船長。今回はケンカを売りに来たんだからな」
ティンラッドはにやりと笑った。
数分でカタはついた。地面に転がった三人の武器を取り上げ拘束する。
「どう思う?」
オウルはバルガスにたずねた。
「ふむ。微弱だが……」
バルガスは意識を失った兵士の顔の前で手をかざしながら、眉をひそめる。
「魔の気配があるな」
「やっぱり、そうか」
オウルもうなずく。
彼自身もこの兵士たち……というより、街全体からかすかな魔力を感じる。ような気がする。
「けどよ、やっぱり」
「ああ。狂わされているな」
これも微妙だが。五感を狂わせるような波動が街全体を覆い、近付く者の精神に働きかけている。
魔術師である二人も、注意していなければ見過ごしてしまうほどの微かなものだが。
この波動に晒され続けていれば前回のように少しずつ精神を蝕まれ、感覚を狂わされ、やがてはこの術を仕掛けた相手の思いのままに操られてしまうのだろう。
「対抗できるか?」
「おかしな波形だから、効果がどの程度あるか分からんが。相手の念波も弱いから、防壁を張るだけは張ってみる」
オウルは使える呪文の中から、精神波による攻撃に有効と思われるものを選び出す。
描いた魔法陣の中に仲間を立たせた。首筋から背にかけ、聖水を使って定められた紋様を描きこんでいく。描く紋は一人一人違う。敵の放つ干渉波に対抗するため、各々の適性に合わせて精密に調整したものだ。防御呪文としても高度なものである。
全てを描き終えてから、発動させるための呪文を唱える。
「ルフ・サヴン」
術が働き始める。
狂わされていた認識が少しずつ是正されて行く感覚をオウルは味わった。
自分の背には呪言を描きこめないので、オウルだけは胸から腹にそれを描いている。防御呪文の類は出来れば背後を手厚くしたいところだが、こればかりは仕方がない。
だが感覚器の大半は体の前面にある。その意味で前半身に呪言が記されていることは、敵に対して有利に働くかもしれない。
「人の気配がしねえな」
オウルは呟いた。
防御呪文で感覚を矯正した上で改めて門の内部をうかがうと。
にぎわう街なら当然感じられるべき人々のざわめきが感じられなかった。
「オウル君」
バルガスが固い声で言った。
「君にはこれが何に見える?」
彼が指しているのは、先程ティンラッドが殴り倒した街の兵士たちだ。
「は? 兵士だろ」
「本当にそうか?」
バルガスの眉間には深く皺が刻まれている。オウルは不審に思って、もう一度彼らを見やる。
そのうちに奇妙な感覚が彼を襲った。
「待て。何だ、これは」
オウルは呟いた。兵士たちの姿と二重写しに、何か違うモノが見えるような気がする。
それはひとつひとつ形が異なり。
長くのっぺりしたモノ、平たく長い尾のあるモノ、鋭い牙と剛毛の生えたモノ。
慌てて目をこするとやはり、元の人間の姿に見える。
「おい、何だこりゃ?」
「君にははっきり見えないか」
闇の魔術師は薄い唇を引き結んだ。
「相当に深層まで呪縛がかけられているな。思ったよりこの街の闇は、深そうだ」