第3話:雪と氷の町 -3-
しばらくすると、毛皮のコートに身を包んだひげ面の男が現れて、型通りの質問と、武装を確認した後で二人を木戸の中に入れた。
「どうする? 宿屋は開店休業中だよ。町長の館に行けば、頼めば泊めてくれると思うけど」
先ほどの男も毛皮のコートと毛皮のブーツに身を包んだ重武装の状態で、一緒に外に出ていて二人に声をかけた。
「町長の家は広いし、もう下宿人を置いているからね。頼めば泊めてもらえるかもしれないよ」
「下宿人?」
オウルが尋ねると、黒髪の男はうなずいた。
「そうそう。魔術師のタラバランって先生の娘さん。三十五歳で、やせててメガネかけてて怒りっぽい。あんまりオレ好みとは言えないなー。男より石板が好きって変わり者」
「その女の情報はどうでもいいがね」
オウルはつぶやいた。
「タラバラン師って言えば、召喚魔術の大家だ。十五年前に魔術師の都から隠退したが、こんなところに住んでたのか」
「そうそう。その先生自体は三年前に亡くなったんだけどね。この辺りがこんなことになったでしょ。町から少し離れたところに住んでいた娘さんを、大変だろうって町長さんが引き取ったんだよ」
「ふうん」
「どうした。オウル、気が進まない様子だな」
ティンラッドが声をかけた。
「別に。いいんだけどね、ただ」
オウルは肩をすくめた。
「ちっと、わけありでね。魔術師の都のお偉い先生とは、出来たら関わり合いになりたくないんだ。その娘さんっていうのとも、親しく話をしたいとは思わねえな」
「そうか」
ティンラッドはうなずいただけで、深く聞こうとはしなかった。
代わりに、「それなら」とやけに大きな声を上げる。
「宿屋へ行こう。私も、人の厄介になるのは出来れば遠慮したいな。宿屋があるんだ、いくら休業中でも客が来れば何とかしてくれるだろう」
「そうか。分かった」
オウルも、ホッとした様子で言った。
「ふーん。そうかそうか、宿屋に来るのか」
黒髪の男はニコニコ笑いながら言った。
「それじゃあ、酒を一杯、おごらせてもらおうかな」
「アンタ、宿屋の人なのかい」
疑わしげな眼でオウルが相手を見る。
男はうなずいた。
「まあ、そのような、そうでないような。とにかく、宿屋に行くならこっちだよ」
先に立って歩きはじめる。
「せっかく外から人が来たんだ。いろいろ聞かせてもらいたいね。ああ、もちろんタダとは言わないよ。オレの方からも、とっておきの情報を提供させてもらおう。世の中、等価交換で行かないとね。これ大事なことでしょ」
くるりと振り返る。
「オレはロハス。商人だ。アンタたちは?」
「オウル。魔術師だ」
「ティンラッド。私のことは船長と呼びなさい」
ロハスはそれを聞いて、また笑った。
「船長? この内陸で? 船もないのに? アンタたち、本当に面白いなあ」
ティンラッドと一緒にしないでほしい、とオウルは思ったが。
共に旅をしている以上、それも無理な相談だろう、と観念した。
町はどこもかしこも雪にうずもれている。建物の一階はほとんど雪に埋まり、屋根だけが見えているような状態だった。
その間に、雪を掘って道が通してあり、住人達はそこを通って行き来しているとのことだった。
「こうなっちゃえば、逆に暖かいんだけどね。雪が詰まってるから、風は通らないし。積もる前より、マシになったんだよ」
とロハスは言うが。
「これが?」
オウルにはとてもそうは思えなかった。
町中が雪に埋もれている状態が、マトモとは思えない。
「ほら、ここだ」
ロハスは、雪の間の道の先にある、一枚の頑丈そうな樫の扉を指さした。
その扉の上には、さび付いていたが間違いようのない、酒場兼宿屋であることを示す酒瓶の形の銅の板が吊るしてあった。