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第25話:失われた記憶 -4-

「翌日の記事に移るぞ」

 バルガスは帳面をめくった。

「十日目。晴天、気温は低し。砂漠の中よりは少しマシな程度。船長とアベル君は深酒がたたり、朝食に下りて来ない。ロハス君が宿の主に商売の話を持ちかけるが、太守の許可がないと商談は出来ないと突っぱねられる。不可解なり。この街は旅行者との通商を快く思っていないようだ。街の商人とも自由に取引は出来ないらしい。見て回るくらいは自由なようだが、それも怪しい。この街では監視されているような気持ちの悪さがある。やはり気を抜かない方が良さそうだ」

 そこでいったん言葉を切る。


「それだけか?」

「いや、まだ続きがある」

 バルガスはロハスを見る。

「どう思う、ロハス君」


「どうって。おかしいに決まってるよ」

 ロハスは眉間にしわを寄せている。

「砂漠の街は交易が命なんだから。それをそんな風に頭っから拒否するなんておかしい。どんなに太守の統制が厳しい街でだって、どこかしらに闇市が立つはずなんだ。宿屋の主人なんて、そういうところとのツナギが副業みたいなもんだしさ。それをオレが探り出せなかったなんて、そんなことありえない」


「商売に興味がないんじゃないか?」

 ティンラッドが退屈そうに言った。

 バルガスは黒い目をそちらに向ける。

「では船長。孤島に船を停めた時、その港の人間が交易を一切拒否して来たら君はどう思う」

 それだけでティンラッドは納得したようだ。

「そうか。なるほど、それはおかしいな。よく分かった」

 今や彼の茶色の目にも警戒の光が浮かんでいた。


「では続けるぞ」

 バルガスは再び帳面に目を落とす。

「宿の主人から注意を受ける。その夜は朔だから、決して外には出ぬようにとのこと。迷信の類かもしれないが、状況が状況なので気になる。皆で協議し一人では行動しないことを確認する。戦闘力のないオウル君、ロハス君、アベル君のみでの行動はしないように特に注意しておいた」


「その時点でそこまで警戒していたのか。アンタは」

 オウルは新しい目でバルガスを眺めた。今まで、情報を出し惜しみばかりする根性のしみったれた闇の魔術師だと思っていたが。

 その気になればずいぶん色んなことを考え、実行する人間のようだ。


「前情報がなくても、この状態なら警戒してしかるべきだと思うがね」

 バルガスは皮肉っぽく言った。

「まあ、君も何もしなかったわけではないようだな。宿の主人が言う『朔の日』とやらの話に興味を持って情報を集めていたようだ。記録によるとな」


「朔か」

 オウルはふと気付いた。

「その日は朔だったんだな。ちょっと待て」

 自分の荷物を探り、月齢を計る月見表を中から取り出す。

「それで今日の日付が分かるじゃねえかよ。外は晴れてたな。ちょっと見てくる」

 重い体を起こして天幕の出口へ向かう。

 ティンラッドがついて来た。


 天幕の入り口にかかっている敷物をめくると、身を刺すような冷気が押し寄せてくる。

 オウルは空を見上げて、明るく冷たく輝く冬の月と月相図を見比べる。

「分かるのか?」

 ティンラッドが退屈そうに聞いた。オウルはうなずいて、二人で天幕の中へ戻った。


 火の回り以外は寒々しい天幕だと思っていたが、外から戻って来ると暖かさが格段に違う。

 オウルとティンラッドは急いで火の傍に戻り、もう一度体を温めた。

「どうだった?」

 バルガスが無関心そうに尋ねる。


「朔から四、五日ってところだな。それほど日数は経っていないぞ。星の位置も見てきた。トーレグを出る前に見たものと、さほど変わっていない」

 ロハスが熱い茶を渡してくれる。

 それをぐいっと飲んでから、また続けた。

「この前の朔にそこにいたってことが確実なら、ほんの数日前のことを俺たちは思い出せずにいることになる」


 朔、すなわち新月は暦を数える絶好の起点だ。

 日付がはっきりしたことで、現在の状況がより信憑性を増してきた。

「で、その後どうなったんだ? 先達」


「ふむ」

 バルガスはまた帳面に目を落とす。

「太守から使いが来て、午後に町の広場で商品を見せろとのこと。全員で行く。ロハス君と太守の弟の間で商談が始まる。長く退屈なり。その間、オウル君が太守と数分話をしたことで、後でもめごととなる。パーティの和を乱すような真似は慎んでもらいたいものだ」


「な、何だとぉ」

 ロハスがたちまち目を三角にする。

「何だよオウル! オレが真面目に商談をしていた時にひとりだけ抜け駆けを! ズルいじゃんか」

「そうですぞオウル殿!」

 アベルも迫ってくる。

「ひとりだけ美女とお近付きになるとは何という背信行為! 見損ないましたぞ」


「待て待て待て」

 オウルはあわてて二人から逃げ回る。

「何でいつの間にか美女ってことになってるんだよ。先達の記録にはそんなこと、ひとことも書いてないだろうが」


「いーや、パルヴィーン様は美女だね! 間違いない。何故ならこのオレの心臓がそれを知っているからだ! その名前を聞くとドキドキするもんね。きっとオレの消された記憶が真実を叫んでいるのさ!」

「そうですぞ。私にも天啓が訪れました。間違いなくその方は美女! 神がそう私に告げるのです」


「知るか! 単なるお前らの願望だろうが! 勝手な願望で俺を責めるんじゃねえ!」

「いーや絶対に美女だって! だってムカつくもんね。何でオウルばっかりいい目を見てるんだよー」

「そうですぞ! オウル殿の好みは巌のような女性なのですから、そういう方と親しくなっていればいいではありませんか」

「そんなたくましい女が好きだなんて、一度も言った覚えはねえよ! だいたい、今はそんなことにこだわっている場合じゃないだろうが?!」


 こんな場合でも今ひとつ、深刻になり切れないこのパーティなのだった。


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