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第25話:失われた記憶 -2-

 バルガスは薄笑いを浮かべた。

「残念だが、そういうわけではない。だが少しばかり思い出したことがあってね」

「何だ?」

 オウルは尋ねた。


「砂漠の旅を始めたばかりのことだ。皆でロハス君に目指す街の情報をたずねた。ロハス君は覚えていないと言った」

 闇の魔術師以外の四人は顔を見合わせる。

「そんな話、しましたかな」

「覚えてないな」

「思い出せねえ」

「オレ、そんなこと言った?」


 バルガスはいっそう唇を歪める。

「やはり、そのことも含めて記憶を曖昧にされているか。安心したまえ、私も少し前まで同じ状態だった。だがそもそもここまで記憶が曖昧になっていることを訝しみもしない、そのこと自体が異様なことであるのは君たちも分かるな?」


 オウルは渋々うなずく。バルガスはロハスの顔を見た。

「ロハス君は、ソエルに入る時にこの砂漠を越えてきたはずだな。その時に滞在した街の名前を順番に言えるか?」

「そりゃ言えるけど。覚えてるからね。あの旅もそりゃあ大変でさあ。ラクダは言うこと聞かないし」

 ロハスは指を折って街の名前を順番に言った。五つほど続けたところで、それが止まる。

「あれ……おかしいな。あれ? その後どうしたんだっけ? 思い出せない……あれ?」

 しきりに首をひねり出す。


「砂漠の旅の終わり辺りの記憶がぼけっとしていて思い出せない。気が付いたらソエルのすぐ傍にいて、また旅してて。そうだ、何だかいつの間にかパーティの人数が減ってて。その後、盗賊に襲われて……」

「砂漠を越えてソエルに来る直前の記憶。つまり逆の道をたどって砂漠に入った我々の、今いる位置と同じ辺りの記憶が曖昧だということだな」

 バルガスは嗤う。

「君は少なくとも二度、記憶をいじられていることになるぞ。ロハス君」


「え、ええっ」

 ロハスは困惑したように頭を抱える。

「オレ……ええっ?! 頭の中いじられてんの? そんな覚えないよ? うわ気持ち悪!」

「全くだ」

 オウルは吐き捨てるように言った。

 勝手に記憶を操作される。それが本当ならこんなに不気味な話はない。


「その時も同じ話になった」

 バルガスは続けた。

「ロハス君は記憶が曖昧だ、その部分だけ思い出せないと言い。結局、暑熱に当たって朦朧としていたのだろうということで片付けられた。だが私はその話が気になってね。特に、次に記憶がハッキリした時にはパーティの人数が減っていたというところに厭なものを感じた」

 青白い指を組み合わせる。

「私は魔術師の都でルガール師の門下とも接触したことがある。前にも言ったが、あそこは他人の頭の中を勝手にねじ曲げるような研究を多くしているところでね。そういう例を見ているから、見過ごすのは危険な気がした。取り越し苦労で終わる可能性は大きかったが、街に滞在している間は記録をつけることにし、念のため自分に暗示もかけておいたのだ」


 薪がはぜた。ロハスは慌てて火をかき混ぜ、鍋の様子も見る。

 バルガスは淡々と言葉を継ぐ。

「最初に訪れた『街を出た後』の『初めての戦闘の際に』その記録のことを思いだすようにという暗示だ。というわけで先程の戦闘の最中に、私は自分が記録をつけていたことを失念していたと気付いた。ついでに記録をつけるに至った経緯も思い出し、どうやら自分たちが何者かに操られているらしいということに思い至ったわけだ。質問はあるかね」


「先達。アンタは」

 オウルはすぐに、灰色の目を陰鬱な表情の闇の魔術師に向ける。

「今回もルガール師門下の魔術師が絡んでいるって言いたいのか? あの塔全体が何かを企んでいるとでも?」


「安易に他人を疑うべきではないな、オウル君」

 バルガスはあっさりと肩をすくめた。

「今の時点では何とも言えんよ。情報が少なすぎる。だが、その可能性も視野に入れておくべきではあるだろうな」

 オウルは黙り込む。確かにバルガスの言うとおりだ。


「あっ、記録と言えば」

 ロハスが声を上げた。

「オレもつけてるはずだ。街に滞在したなら宿屋にいくらかかったとか、何を買って何を売ったとか。帳簿に全部書いてるはず。……だけど」

 情けない表情になる。

「ホントにヘンだ。その内容が全然思い出せない」


「安心したまえ。私も同じようなものだ」

 バルガスは素っ気なく言った。

「記録を書いたということは思い出した。だが、何を書いたかということになるとまるで霧の中だ。実際に確かめてみる他ないだろうよ。ということで、食事の後にでも私の記録とロハス君の帳簿を突き合わせてみたらどうかと思うのだが、どうかね船長。異論はあるか?」


 腕を組んで難しい顔をしているティンラッドに視線を移す。

「君は確か言っていたな。あの水路に魔物がひそんでいると誰かから聞いたと。だが、それが誰からだったか思い出せるかね? あの魔物との戦いが仕掛けられた罠でなかったと言えるか? ひとつ何かが間違っていれば、ロハス君が前に所属していたパーティのように気付いたら誰かが欠けていた……そんな結果になったとも限らない。そう思わないか、船長?」


「分かっている」

 ティンラッドは苦々しげに言った。

「面白くないな。面白くないぞ。誰かに好きなように操られていたなんて、全くもって面白くない」

「それを面白いと感じる人間はまずいないだろうな」

 バルガスはばっさりと切り捨てた。

「では、まずは食事だ。その後は現状を把握するための時間としよう。その料理はいつごろ出来るのかね、ロハス君」


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