第25話:失われた記憶 -1-
結局、ミミズの魔物は体の一部(とはいえそれなりの量)を切り取って、乾燥させて持ち帰ることになった。
その用意が済むと、元来た道を通って地上に戻る。ティンラッドはぶつぶつ言ったが、地下水路内に他に魔物の気配がないことと、バルガスが珍しく戻るべきだと強硬に主張したため何とか折れた。
オウルはまたティンラッドに背負われている。
戦闘と、魔物を乾燥させるのでずいぶんと魔力を使った。とはいえ普通の状態なら歩けなくなるほどのことではないはずだ。一体自分の体はどうなってしまったのかと、オウルは腹立たしい。
ちなみに、またアベルが『回復神言を使って差し上げましょうぞ』としゃしゃり出てきたが全力で固辞した。
地上に出ると、もう外は暗かった。砂漠の星は明るい。遮る雲もなく、地平線まで一面に輝く星が街中よりも近く感じられる。
「寒いですぞ」
アベルが両肩を抱えた。風が吹かない分、地下の方が過ごしやすかった。
「火を焚こう」
バルガスが言った。オウルをちらりと見る。
「オウル君はまだ役に立たないか。仕方ない。アベル君、ロハス君、手伝いたまえ。ロハス君、何か使えそうな物を持っていたら出すことだな」
またしても珍しく、バルガスが先頭に立って露営の準備をしているのをオウルは横になったまま見ていた。ティンラッドはやる気もなさそうに、のんびりとシタールをつまびいている。
アベルとロハスの仕事ぶりに対する辛辣な批評が相当数二人に投げつけられた後、どうにか天幕が立てられ全員がその中におさまった。
煮炊きの煙がゆっくりと立ち上り、天幕の内部を暖める。ロハスの料理だから大したものは出て来ないが、固いパンを丸かじりするだけよりはマシだろう。
「さて」
皆がくつろいだ様子になったのを確認して、バルガスが一座を見渡した。
「料理が出来るまでの間、少々話をしたい。耳を貸してくれ」
普段はパーティの隅で『仕方なくついて来てやっているのだ』と言わんばかりに皮肉な笑みを浮かべているだけのバルガスの、いつになく真剣な様子に皆も顔を上げる。
バルガスは厳粛に言った。
「地下でオウル君には一度尋ねたが。君たち、ここに来る直前の街で起きたことをどのくらい覚えているかね」
全員がきょとんとして顔を見合わせる。
「そりゃあ……」
鍋をかき回していたロハスが、首をかしげて言った。
「あれだよ、あれ。ホラ、何かありがちな」
「そう。何かよくある感じの」
アベルも唱和する。だが、そこから先が出て来ない。
「あまり印象がないなあ」
ティンラッドがハッキリと言った。
「大したことはなかったのじゃないかな」
「では聞くが」
バルガスは言った。
「その街を出たのがいつか、正確に言える者はいるかね?」
沈黙が落ちる。
オウルは自分の記憶を探る。何日、こうして砂漠を旅しているのか。答えられないことに愕然とした。
「いいじゃないか、別に」
ティンラッドが答えた。
「覚えていないが、急ぐ旅でもない。何日旅していようがどうでもいいことだろう」
「そうですぞ。人生はもっとおおらかに生きなければ、バルガス殿」
アベルも口を出してくる。
「細かいことばかり気にしていると、頭のてっぺんが早く薄くなりますぞ」
バルガスはその言葉を冷ややかに無視した。ティンラッドだけをまっすぐに見る。
「では、船長。聞くが、君は海に出る時に行く先も定めず、どれくらいの期間がかかるかも分からない航海に乗組員を連れ出すのかね。食料も水も足りるかどうかわからない状態でか?」
ティンラッドはちょっと黙りこんだ。
それから言った。
「だが、ここは陸だ。歩いていればいつかはどこかに着くだろう?」
バルガスは唇を歪めた。
「君は陸上の旅をみくびっているな、船長。陸上でも方位を失ったり、物資をなくして途中で行き倒れるパーティは珍しくはないぞ。幸い、このパーティには君の代わりにそういうことを考えてくれる人間はいそうだが。ということでオウル君、君はどうだね」
オウルは眉根を寄せた。自分の顔が険しくなるのが分かる。
「覚えてねえ」
バルガスはそれを聞き、満足そうにうなずいた。
「ではロハス君は? 次の街までの道のりに備え、当然食料などの調達をしたと思うが。いつ、どのくらいの量を用意したのか言えるかね」
ロハスはぽかんと口を開けた。それからものすごく苦悩した表情になる。
「お、覚えてない。思い出せない。そんなバカな、このオレが仕入れの記憶を思い出せないなんて。いやそれどころか、前の街の滞在にいくら費用がかかったのかさえ思い出せない……!!」
バルガスは黙ってオウルを見た。黒い瞳が問いかけるように陰鬱な光を放つ。
「分かったよ。今の俺たちがオカシイってことはよく分かった」
オウルは言った。
「で、先達。アンタはすべて覚えてるのか? 前の街で一体何があったかってこと。そしてどうして俺たちが今、こんな状態になっているのかってことをよ」