第24話:地下水路の冒険 -7-
肉の焦げる臭いが、地下水路に充満し始めた。
「うわ、くっさ。くさい」
ロハスが顔をしかめて鼻を押さえる。
「ミミズをばあちゃんが焼いてた時と同じ臭いが……いや、更に強力になって……」
「そりゃ、大きさが違うからな」
オウルはいい加減に言った。ロハスの子供の時の心の傷など正直どうでもいい。
彼の灰色の瞳は、焔に包まれのた打ち回る魔物に向けられていた。
その皮膚はあちこち黒く焦げたり不気味に火ぶくれしたりしているが、動いて崩れ落ちる炭化した表皮の下から新しい白い肉が盛り上がってきているのが見て取れた。
再生能力。どの程度それを使えるのかは分からないが、傷を負わせてもすぐさまそれが回復するのならこの戦いは長引く。
そう思った時。
「君たちばかり楽しんでズルいぞ! 私にも少しは美味しい思いをさせたまえ!」
ティンラッドの声がした。
暗闇の中から新月を構えた彼の姿が現れる。高々と跳躍した彼は魔物の頭部に狙いを定め、
「魔突・諒闇新月!」
その切っ先を突き出した。
スキル『必殺』に魔力を上乗せして行うティンラッドの必殺技。
粘膜の防壁を失った魔物の肉に黒い刀身は食い込んで、跡形もなく頭部を粉砕した。
雨のように肉片が降る。
「うっひゃあ、気持ち悪い! 触りたくない!」
ロハスが逃げ惑うが、どこにいても無駄だと思う。
ぼたぼたとまき散らされる体液と肉片の中、ティンラッドがひらりと仲間たちの傍に着地した。
「まあ、久しぶりの肩慣らし程度にはなったな」
そう言って汚れた刀身をマントで拭き、鞘に収める。
「そこそこ楽しめた」
にやりと笑うその顔は上機嫌だ。
「あれはどうするかね」
バルガスが指さした。
水の中で頭部を失った体が、なおも激しく水の中をのた打ち回り続けている。
「うう。これは、ロハス殿でなくても気持ち悪いですぞ」
アベルも口許を押さえる。
「頭は再生しねえようだな。助かった」
しばらく観察していたオウルが、安堵のため息をついて言った。
「元は下等な生き物だ。そこまで化け物じみたことは出来んのだろうな」
バルガスが言う。
「どうする、先達。アレ、少し持って行くか?」
オウルはのたうっている巨体を指さして言った。
「魔術の材料としてか? ふむ」
バルガスはあごに手を当て首をひねる。
「使えるかどうかは試してみないと分からんが」
「だけどよ。このまま燃やしちまうのはちょっと惜しい気もしねえか?」
「ちょっと待ったちょっと待った、ちょっと待ったあ!」
魔術師二人の会話に剣呑なものを感じたのか、ロハスがすごい勢いで割り込んできた。
「何言ってんのオウル、バルガスさん。やめてよ。あのね、今度ばっかりはどんなに頼み込まれてもオレの大切な『何でも収納袋』の中に、あんなミミズのオバケの死骸なんか入れさせないからね?!」
しかもアレまだ動いてるじゃん、気持ち悪! と身を震わせるロハス。
オウルはそれを横目で眺めて、
「そうか? でも魔物ミミズだからなあ。もしかしたらものすごい薬効があるかもしれないがなあ。それが分かったら、どこの街でも高値で売れるかもしれねえけどなあ」
と呟くように言う。
ロハスは雷に打たれたように固まった。
「た……高値? 高値で売れるかも? アレが……?」
ぼんやりと魔物の残骸を眺める。
「ううぅ、でも、あんな気味の悪いモノ。オレの繊細な神経が耐えられない! ……でも、高値で売れるかも……」
頭を抱えて真剣に苦悩し始めた。
オウルはふんと肩をそびやかす。所詮、金と交換できる程度の心の傷なのだ。真面目に付き合っているとこちらがバカを見る。
「まあ、回収するとしたら、アレが動かなくなってからだから。しばらくそうやって悩んでろ」
そう言い捨てて通路の端に腰を下ろした。
緊張が解けると疲れが一気にくる。やはりまだ体調は相当悪い。
「オウル君」
その横にバルガスが立った。背が高いので、見下ろされると無駄に威圧感があった。
「何だよ?」
不機嫌に聞くと。
「聞くが。君は、前の街での出来事をどのくらい覚えている?」
意外な問いが返ってきた。オウルは首をひねる。
「前の街ってトーレグか? ……いや」
眉間を揉む。頭痛までしてきて、あまり考え事をしたくないが。……他に、どこかに滞在したような。
「ああ。何か、ちょっと寄った街があったな。けど特別なことはなかったと思うが? 滞在してたことさえ忘れそうになってた」
相手の意図をはかりかね、黒い瞳を見上げる。
「何か気になることでもあったのか? 急にそんなことを言い出すなんて変だぜ、先達」
バルガスは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりとかぶりを振った。
「いや。私も、特に気になることがあったという記憶はないな」
「そうかよ」
オウルはげんなりする。人をからかうなら時と場合を考えてやってほしい。こちらは本当に調子が悪いのだ。
バルガスは表情を引き締めた。眉間に深いしわが浮かぶ。
「記憶はないが気になることはある。いや、あったのをつい先刻思い出したところだ。だがこの話は地上に戻ってからにしよう。全員でよく話し合った方が良さそうだ」
その言葉の調子に。
オウルは何だか、良くない予感がした。