第24話:地下水路の冒険 -6-
「よし。俺が合図したらあの魔物に向けてその樽を投げるんだ。なるべく油が頭からかかるようにしろよ」
準備を終えたオウルが言うと。
「そんなこと言われても」
「無理ですぞ。この樽、持っているだけで重くてたまらないのです」
二人同時に拒否された。
「お前らなあ」
オウルは振り向いて顔をしかめる。
「少しはやる気を見せろよ。船長と先達ばっかりに戦わせて悪いと思わねえのか」
「だって。オレは非力な優男だし」
「私は頭脳労働が専門の大神殿の神官ですぞ。こういう単純労働は向かないのです」
ああ言えばこう言う。オウルは大変イライラした。
「そんなんで済むと思うなよ。突っ立ってるだけじゃ役に立たねえんだから、何かしろって言ってんだ! ごちゃごちゃ言ってねえで、言われたとおりにちゃんとやれ!」
「だってねえ、アベルちゃん」
「そうですぞ。船長殿は好きでやっているのではないですか」
「そうそう。下手に手出しすると怒られそうじゃん?」
「まったくもってロハス殿のおっしゃる通り」
コイツら、こういう時だけ結託する。
そう思ってオウルのイラつきは更に激化する。
「船長はともかく、先達には確実に役立たず扱いされるからな! 俺はそんなの御免だぞ、だからとにかく手伝えって言うんだよ!」
怒鳴ったのと同時に。
口を開けて襲いかかってくる魔物に反撃しながら下がってきたバルガスに、三人は思い切り突き飛ばされた。
「邪魔だ。何の役にも立たないのなら、もっと離れていたまえ。そこで別の魔物に襲われても私の知ったことではないがな」
言い捨ててまた戦闘に戻っていく。
「ほら。だから言ったじゃねえかよ」
痛む背中を強打されて、オウルは呻きながら立ち上がった。
「とにかくやるぞ。いいか、用意しろ」
オウルの説得と、バルガスの冷淡さのおかげか。
ようやく二人は『やるしかない』という現実を受け入れたようで、仕方なさそうに樽を持ち上げる。
「いくぞ。よく狙え。一、二、……三!」
ロハスとアベルの二人が大きく腕を後ろに引き。
オウルの掛け声に合わせて、樽が前方の魔物に向けて飛んで行った。
「ウィンケル・ハスタロン!」
叫んで、オウルは月桂樹の杖を振る。
樽の軌道がわずかに変わる。それを見届けて、
「先達! あれを魔物の頭の上で壊してくれ!」
バルガスに向かって叫ぶ。
「勝手なことを」
魔物に火球を打ちつけていたバルガスが舌打ちする。だが、すぐさま樽に杖を向け、はかったように魔物の頭上で、
「バラムィ・カルナル!」
風の呪文を発動させた。
見えない刃に切り裂かれ、樽がたちまち分解する。
それに再びオウルが杖を向ける。
「ペニュライアン!」
その呪文で空中にあふれ出た油が無数の粒になって広がり、魔物の全身に雨のように降りかかった。
「この水は、下流の人間の生活用水ではないのかな」
バルガスがどうでも良さそうに言う。
「油などまいたら迷惑ではないのかね」
「こんなとこに魔物が巣食ってる時点で迷惑だろうがよ」
オウルは答えた。
「だけどよ、先達。そう思うなら」
ニヤリと嗤う。
「きれいに燃やしちゃってくれねえか?」
バルガスはふんと鼻を鳴らした。
「そういう魂胆か」
「まあな」
重そうな黒檀の杖が、魔物に向けられる。
「駄目だった時の策は考えてあるんだろうな?」
「そんなもん。その時、また考えるに決まってるだろうが」
オウルの答えにバルガスは冷笑を口許に浮かべ、低い声で呪文を詠唱した。
火球が次々に、魔物に向かって飛んだ。
魔物の体に降りかかった油にその火が移り、魔物は全身を炎に包まれる。
半透明の体が苦しげにのたうち回る。
「あれ、どうなってるの?」
ロハスが不思議そうにたずねた。
「さっきまで、船長の攻撃もバルガスさんの攻撃も平気だったじゃん」
「単に火球をぶつけるだけだと弾き飛ばされちまうけどな。全身に油をかけて燃やせば、その熱で体を覆う粘液が蒸発して生身に熱が伝わる。こういう生き物は、体を覆う粘液がなくなるだけでかなり痛手を蒙るはずだしな」
オウルが説明する。
「ついでに言えば、生物が体内で生成する粘液はたいてい油分を含んでいる。油とは親和性が高い」
バルガスがつまらなそうに補足した。
「まあ、さほど自慢するほどの作戦でもないが効果はあったようだな」
その上から見下ろす言い方にオウルはムッとする。
「悪かったな、パッとしない作戦で。そう言うんなら俺にやらせなくても、先達が指示を出してくれれば良かったんじゃないですかねえ?!」
思い切り棘を込めて言うが。
「言っただろう、こせこせ策を巡らせるのは君の役目だ。私には油の手持ちもないし、君たちを守って戦うという面倒な役目もあるのでね」
より棘のある獰猛な笑みに迎え撃たれてしまう。
「はい、はいはい! この作戦の成功にはオレの力が大きいことをお忘れなく!」
ロハスが挙手をして大声で言った。
「オレの油がなかったら実行できなかったわけですから。損失も省みず進んで油を提供したオレの男気に感謝と称賛を!」
「何が進んでだ。さんざん渋ってたじゃないかよ」
バルガスにあっさりと言い負かされたオウルは、その恨みをせめてロハスで晴らそうと八つ当たり気味に言う。
「でも、最後は同意したんだからオレの功績でしょ」
「何でお前ひとりの手柄みたいになってるんだよ? そんなこと言うなら次からはすぐに物を出せよ?!」
「バカだなあ、オウル。そんなこと出来るわけないじゃんよ」
かみつくオウルに、心底呆れたように言うロハス。
「オレは商人だよ? 常に損得を見極めて、得の方が大きいと思った時にのみ行動するの。結果も考えずに軽挙妄動するなんてこと、オレには出来ません」
得意げに言われてオウルは脱力した。
やはりこのパーティの人間とは話が出来ない。
改めて、そう思うのだった。