第3話:雪と氷の町 -2-
「俺たちは商人じゃないんだよ」
相手の言い草にそろそろキレかけて、オウルは怒鳴り散らした。
「何が売れようが、構うもんか。いいから、その門を開けやがれ」
「あ。やだねー、そういう商売を見下した言い方。戦士さんだの魔術師さんだのの、悪いクセだよ」
男は、憤慨したようにオウルを指さす。
「考えてもみなさい。商人というのはね、物がなくて困っている人のところに、必要としている物を届けてあげる、とても大切で素晴らしい仕事です。いわば、人助けみたいなものじゃないですか。その上、お金も儲かる。こんなおいしい仕事、他にはありませんよ」
「うるせえ。どうでもいい」
オウルはイライラしながら言う。
「もう一度だけ言うぞ。ここを、開けやがれ」
「だから、オレは開けられないって。鍵も持ってないしね」
男は肩をすくめる。
オウルは逆に、肩をガックリと落とした。
これだけ口論して、まったくのムダだったと思うと、ここまでの道のりの疲れが、一気に襲い掛かってきた。
「もういい」
と。今まで、退屈そうに二人のやり取りを眺めていたティンラッドが、前に出た。
「開けてもらえないなら、この木戸を壊して入ろう」
ギョッとしたのはオウルの方である。
「ちょっと船長! 何言ってんだ。そんなことしたら、盗賊と同じじゃねえかよ」
「私は疲れた。火の前で休みたい」
「俺だって疲れたけどよ、それ理由になってないって!」
あわてて止めるが、ティンラッドはもう木戸に手をかけている。
「やめろ、乱暴だな! ああもう、アンタ船長って、どんな船の船長だったんだよ、まさか海賊船の船長じゃねえだろうなあ?!」
ティンラッドは。振り返って、にやりと笑う。
「そうだったら、どうする? オウル」
「やめてくれよ」
オウルは天を仰いだ。
とんだ船長について来てしまった。そう思うのはこれが初めてではないが。
最後でもないだろう、といっそう暗い気持ちになる。
「まあまあ、オジサン、ちょっと待った」
その様子を面白そうに眺めていた男が、声をかけた。
「そこ、壊されちゃこの町の人たちが困るんですよ。でも、アンタたち、ちょっと面白そうだなあ。商売人でもないのに、この雪をかき分けて、何しにここまで来たんです?」
「私の目的か」
ティンラッドは男の顔を見て、
「魔王を探して倒す」
と、アッサリ言った。
ああ、もうダメだ。
オウルは絶望した。
そんな目的、まるっきりのたわごとでしかない。
狂人扱いされて、追い払われてしまうかもしれない。
この吹雪の中で死ぬのが自分の運命か。短い人生だった。そううなだれた時。
「あっはっは」
男が笑った。
「魔王って! どこにいるのか、そもそもいるのかすら分からないのに! 本気かよ、おい」
腹を抱えて笑っている。
「おかしいか?」
ティンラッドが尋ねる。
「おかしいよ。当たり前じゃん」
男は目じりを指でぬぐった。
「あー、笑った。あー、涙出てきた。こんなに笑ったのは、久しぶりだわ。それじゃ」
男の黒い頭が、窓辺から消える。
「お、おい。どこへ行くんだ」
オウルが呼び止めた。
男がもう一度、窓から顔を出す。
「どこって。木戸の番人を呼んでくるんだよ。いやあ、アンタたちには笑わせてもらった。その分のお返しはしなきゃならんだろ。ちょっと待ってな」
そう言って、また姿を消す。
オウルはきょとんとしたまま、誰もいない窓を見つめ続けていた。
「開けてもらえそうだな」
何ごともなかったようにティンラッドが言う。
「まあね」
良かったのか悪かったのか。何だか微妙な気分になりながら、オウルはそう答えた。