第24話:地下水路の冒険 -2-
日が暮れる前に、岩山に近付いてきた。
「ああ、ここだ。オウル、魔磁針の指すのはここでいいな?」
ティンラッドが嬉しそうに確認する。
「そうだけどよ」
オウルは怪訝そうに言った。
「何だ、ここ。ここに何かあるのか、船長」
「砂漠を貫く地下水道の入り口があるらしい」
ティンラッドは言った。
「前の街で教えてもらった。どうやらここに魔物が巣食っているらしくて、最近水路に異状があるそうなんだ。喜べ君たち、今度こそ戦闘が出来るぞ」
「待て船長」
「それ、喜ぶところと違う」
一斉にツッコミが入るが、もちろんティンラッドは頓着しない。
「誰だよ、そんな余計なことを船長に教えたのは」
「さあ。宿屋の主人だったかな」
「宿屋の主は、中年の女性ではありませんでしたか」
「そうだったか? もさっとした中年男だったような」
「十歳くらいの女の子じゃなかった?」
「いや、いくら何でもそれはナイだろ」
どっちにしても迷惑なことこの上ない。
ティンラッドにそんな情報を渡した人間を心の底から呪ってやる、そうオウルは思った。
それにしても。
砂漠を走る地下水道の話は、オウルも魔術師の都で耳にしたことがあった。
太古に掘られたもので、南方の高山の水源から水を引き、砂漠の地下を通ってどこまでも続いているという。そのおかげで、自然の水路から離れた場所にも人が生活できているらしい。
現代にはそのような技術力は伝わっておらず、増設することは出来ないが。その恩恵を受ける者たちの不断の手入れの下、開設から千年以上に渡り使われ続けている。
その水路に魔物が巣食ったとなれば、水域の人間には死活問題だろう。
「しかし、それをどうして俺たちが何とかしなくちゃいけないんだっていう疑問は残るんだが」
「オウル。何回同じことを言わせれば分かるんだ。魔物がいればそこへ行く。当たり前の話じゃないか」
それを当たり前と思わないでほしい、ということを何回言えば分かるのか。そう、オウルは思う。
「とにかく入るぞ。君たち、用意はいいか」
「良くない」
「良くないですぞ」
一斉に声が上がる。
しかし、もちろんティンラッドはそんなことは気にせず、どんどん先へ行ってしまった。
聞く意味はあるのか。いや、ないのだろう。オウルは肩に担がれたまま、諦めの心境だった。
岩場をしばらく歩きまわった後、魔磁針の指し示す岩の割れ目を見つけ出した。
人がひとり入れるほどの狭い穴だったが、奥の方から湿った冷たい風が吹いてくるのが感じられた。
「間違いはなさそうだな」
バルガスがあごをなでる。
「ヤダなあ。魔物が待っている洞窟に入っていくなんて」
「洞窟じゃない。地下水路だ」
ロハスの嘆きを、ティンラッドが訂正する。
「同じだよ。魔物が待っているんなら」
「そうでもないな。人の手が入っているなら、水路には少なくともまともな足場があるだろう。自然の洞窟よりは、人間が通りやすくなっているはずだ。戦闘においてその違いは無視できん」
追い打ちをかけるバルガスは、多分ロハスをからかっているのだろう。口許に人の悪い笑みが浮かんでいる。
「あああああ。戦闘なんかしたくない。どうかなみんな、オレはここで待ってるから」
「黙れバカ。パーティは一蓮托生なんだよ。諦めて、死ぬ時は一緒に死ね」
オウルはやけくそでそう毒づいた。
ロハスは暗いため息をつき。
「分かった。そういうことなら、仕方ないから行こうアベルちゃん」
と静かに逃走しようとしていたアベルの腕をがっしりと捕まえて、いっしょに歩き始めた。
自分たちを犠牲にして、ひとりだけ助かろうなどという真似は決して許さない。
その一点については、このパーティは結束力が強いと言っても良かった。
明かりのない、暗がりの中を進んでいく。
オウルがルミナの呪文で杖先に灯をともした。足元は石造りの階段になっているが、段が不規則で歩きづらい。
「じとじとしていますな。どんな魔物が出るのでしょうか」
アベルもビクビクしている様子だ。
彼を逃走できない真ん中の三番目に無理やり押し込む辺り、全員の心が一つになっていると感じられる。
「何でもいい。出てくればいいぞ」
先頭を行くティンラッドは上機嫌である。
「場所的に蛇やトカゲ、ヒルや地虫の類というところか」
しんがりを務めるバルガスが厭な感じの冷笑を浮かべて言う。わざと他の人間がいやがることを口にして楽しんでいるらしい。つくづく性格が曲がっている、とオウルは思う。
「うげえ。イヤだ、絶対イヤだ」
ロハスが想像してしまったらしく、渋い顔をした。
長い長い階段を下りると、奥の方から水音が聞こえた。
狭い岩の間を抜けると、やがて急に前方が開ける。
暗闇の中。ちょっとした川ほどの水が、音を立てながら滔々と流れていた。暗くてわかりづらいが、水面の様子からすると深さもかなりありそうだ。
たくさんの集落の生活をまかなうだけの水。それに間違いはなさそうだった。
水路の上流から下流方向に向かって、冷たい風が吹いていた。