第23話:朔の翌朝 -2-
「今月の朔も、無事過ぎたね」
素馨茶のやわらかな香りを楽しみながら、弟がぽつりと言った。
パルヴィーンが卓に置いた茶器が、キンと硬質の音を立てる。
「姉さま?」
「何でもないの」
彼女は首を横に振った。
「ただ……こんなことが、いつまで続くのか。そう思って」
弟は黙り込む。
しばらく間をおいて彼はまた口を開く。
「この街は呪われているんだよ」
呪い。
パルヴィーンは黙って唇を噛む。
その言葉の下に、今までどれだけの人が犠牲になってきただろう。
もう数えきれないほどだ。
「大丈夫。姉さまのことは、僕がずっと守るから」
弟は立ち上がり、彼女の背後から両腕を回す。
いつの間にか男の腕になったその白い手が、優しく彼女を抱きしめる。
「きっと守ってみせるから。姉さまを守れるような強い男になるから。だから、何も心配しないでね」
その口調は、いつも自分の後をついて来た幼い頃と変わっていなくて。
パルヴィーンは少しだけ、温かい気持ちになった。
それでも彼女は、弟の手を払いのける。
「姉さま? どうしたの」
「何でもありません。もう小さな子供じゃないのだから、あまり私に近付かないで、ハールーン」
殊更に冷たさを装ってそう言う。
弟の表情が悲しそうになる。
「ごめんなさい、姉さま。姉さまがそうおっしゃるなら、もうしません」
それに気付かなかったフリをして、パルヴィーンは卓から離れる。
控えていた使用人がサッと現れ、いつも通り何も言わずに片付けを始める。
自分の知っていることを、弟はずっと知らないままでいる。
抱えた秘密が重くて、パルヴィーンは時々泣き出してしまいそうになる。
血に汚れた夜着を、今朝はこっそり煖炉で燃やした。
朔の日ごとに繰り返される悪夢。
次の朔の日にもまた、同じ悲劇が繰り返されるのだろう。
永遠に終わらぬ舞踏のように。